今日も今日とていつものように放課後暇になったので顔パスで跡部の家(人はそれを宮殿と呼ぶ)にお邪魔して、キングサイズのベッドの上で我が物顔で雑誌に目を通しながら、なんとなく思いついたので口を開くことにした。


「そういや跡部さ」
「ああ」
「忍足に彼女できたって知ってた?」
「・・今更か?」
「あ、やっぱりそんな感じなんだ」
「あいつに彼女ができたことなんざ一目瞭然だろうが。だいたいずっと一緒に行動してるじゃねえの」
「あーあれキモイよねー」
「特に忍足のニヤニヤした締まりのねえ顔がな」
「それ分かるーきもー」
「でも手引きしたのはおまえだろうが」
「うん」


おまえは俺のキューピッドやー!と嬉しそうな顔で礼を言われたのはついこの間のことで、そのときのあたしの嫌そうな顔と言ったら跡部も忍足に同情するレベルだったそうだ。まあ、だからといって今更忍足への態度を改める気もないし跡部もそれを促すつもりはないようなので、結局忍足への扱いがこれ以上ひどくなることはあってもよくなることなんて絶対にないのである。


「んでさ、そういや気になったんだけど」
「あ?」
「跡部のタイプってどんなんなの」
「…タイプ?」
「ほら、好みのタイプ。よく言うじゃん。そういうの」


そう言ってやると、跡部は手に持っていた洋書らしきものをサイドテーブルに置き、顎に指を添えながら小さく「そうだな…」と唸った。…いや、もう小さなころからずっと一緒にいるから慣れたものだと思ってはいるけれど、それにしてもこいつの動作はなんでいちいち優雅で色気に満ち溢れてるんだろう。本当にこいつ中学生か。本当にこれを意図せずにやっているのだとしたらこいつは中世フランスで貴族にでもなれると思う。


「俺様の好みのタイプなんざ今まで散々聞いてきただろうが」
「年を取るにとれて嗜好って変わるから」
「おまえ何歳だよ」
「おまえと同じ歳だよ」
「は!言うじゃねえの」


そして跡部はパチンと指を鳴らして執事を呼びつけると、あたしの分の紅茶と自分の分のコーヒーを持ってくるように言いつけた。それも、その紅茶はあたしがミルクティー以外飲めないのを分かっているのでミルクティーにしておけとの命令つき。いや、ここまで至れり尽くせりな幼馴染がいるとそりゃあたしだってここまでぐうたらになるわ、と完全に責任転嫁するしかない。だって、あたしが何も言わずとも何もやらずとも、跡部は的確にあたしの望みを見抜いてそれを実現してくれるのだから。はいはい王子様王子様。
そうして跡部はすぐにやってきたコーヒーに口をつけながら、こちらを見向きもしないで「気の強え女は嫌いじゃねえな」と呟いた。


「ほうほう気の強い女ねえ」
「俺の隣にいられるぐらいの気丈さはねえとな」
「たしかに跡部の隣にいるとかいじめられるだけじゃなくて、自尊心の破壊に心の器が追いつかないもんな」
「なんだそりゃ」
「跡部キレイだから」
「男に対してキレイっつうのは褒め言葉にはならねえぞ」
「じゃあイケメン」
「当然だろ」


なんだそりゃ、と突っ込むこともしない。仮にこれが言ってきたのが向日あたりだったなら「身長伸ばしてから言えよー」と肩を叩いてやるところだが、跡部は何を取ってもパーフェクトなのだ。もうこうなりゃ尻に蒙古斑がまだ残ってるとかそんなことがない限りは跡部に欠点は見当たらない。まあ多少言動がナルシスト気味ではあるが、それも納得できる範囲なのでことさら何も言うことができない。


「じゃあ、外見とかは?」
「…そうだな、髪は短えほうが好きだ」
「あれ、そうなんだ。意外ー」
「嗜好は変わってくるモンだって言ったのはおまえだろうが」
「でも跡部は胸おっきくて髪の毛長くて大人っぽい人とか好きそうなイメージだったから」
「べつに胸にこだわりはねえな」
「うわ、なんでそこでそんなイケメン発言」
「忍足だってこだわってねえだろ。男なんざそんなもんだ」
「じゃあ跡部も足派か」
「まあ胸よりはいいんじゃねえの」
「はー。忍足は変態くさいのに跡部が言うとそれ普通に聞こえるからイケメンって得だよね」


そうすると跡部は「それ忍足が聞いたら泣くぞ」と言って笑っていた。けどやっぱり否定はしないんだからまったく友達思いなんだかそうじゃないんだか。まあいい。忍足の立ち位置はきっと死ぬまで変わらない。そういうことだ。


「つまり跡部は気が強くてショートヘアの似合う足の綺麗な女の子が好きってことかー」
「まあ、タイプで言えばそうなるな」
「タイプで言えばってどういうことよ」
「好きになる相手は違うっつうことだ」
「は!?好きなひといるの!?」
「不思議じゃねえだろう」
「好きなひといるんだったら今まで聞いてきたことなんだったの!それ聞けば一発で解決じゃん!教えてよどんなひと?」
「…気は強えな」


どうやら今日の跡部は素直らしい。いつもなら絶対に口は割らないであろう話題もあっさりと口を開いた。なんだ、こいつもこいつでガールズトークがしたい年ごろだったのか。たしかにこいつは近寄りがたい雰囲気を全身で出しているし、そこらにいるやつらと気軽に恋愛話なんてしないだろう。なんであたしは気付いてあげられなかったのか。ならあたしが跡部とガールズトークをしてあげればよかったのに。いや、今の今まで跡部はそういった恋愛ごとには興味がなく達観でもしている人間だと思っていたようなあたしが言えることではないが。


「そこは譲れないんだ。あ、やっぱり髪はショートカット?」
「タイプと実際に好きになるやつは違うって言っただろうが」
「あ、ロングヘアーなんだ」
「ああ。ただ、美容室に行くのが面倒になって伸びたものをそのままにしているだけらしいがな」
「……なんか、跡部ほんとにその子のこと好きなわけ?」
「好きだぜ」
「そっか…」


人の恋路に口を出すつもりは毛頭ないが、それでいいのか跡部、と思わず言ってしまいそうになった。


「身長はわりと高い、成績はそこそこだな。悪くはねえ」
「へー」
「常に眠たそうにあくびを噛み殺してやがるし、やる気はねえし、見かけたら絶対になにかしら食ってやがる」
「跡部他のところが恵まれすぎて女見る目には恵まれなかったんじゃないの」
「その上金のある不細工と貧乏な男前なら、金のある不細工を選ぶってぐらい金の亡者で」
「クソだなその女!!」
「かわいいもんじゃねえの」
「跡部いつの間にそんな仏みたいになってんの」
「だが、そいつは俺を金だけの存在だとは見ちゃいねえ。俺を俺個人として扱い、迷惑をかけてくる。それが心地いいんだ」
「…跡部将来ヒモにされてそうだわ」
「悪くねえな、それも」
「すげえ懐の持ち主だな跡部」


……というか、さっきからめんどくさがりだったりやる気がなかったり金に目がなかったり、跡部があげていくその女性の特徴とやらはお世辞にもいいものをは言えないものばかりだ。なにもかもパーフェクトな跡部に迷惑までかけるだなんて、普通の女の神経じゃ無理だろう。いや、おまえはどうなんだって言われたら正直「持ちつ持たれつで成り立ってるつもりです」と真顔で返すしかないけれど。まあ、その上でおまえ何か返してる?と聞かれれば出世払いのつもりですけどと返すしかない。


「あと新しい情報だ」
「ん?」
「そいつは超がつくほど鈍感らしい」
「へー。そりゃ跡部も大変だな」
「まったくだ。だから強行突破にでる」
「はあ?」
「おまえもまさかただで俺様の好きな女の情報が聞けるとは思っちゃいねえだろうな」
「あー協力してくれって?あたしの知ってる子なら協力するよ、たぶん」
「好きだ」
「いや、あたしに言われても…。練習しなくてもそのぐらいちゃんと言えるだろ跡部は」
「俺は、おまえが好きだ」
「…………誰が」
「俺が」
「誰を」
「おまえを」
「…なんだって?」
「俺は、おまえが好きだ」


そう告げる跡部の目は今はしっかりとこっちを向いていて、胸が痛いなんて騒ぎじゃないぐらいに心臓が暴れだす。いや、なんでさっきまでこっちなんて見てもいなかったのに。だからあたしもそっちのほうを見ちゃいなかったってのに。いつからあんたこっち向いてたのよ、なんて、きっと最初からだ。


「めんどくさがりで常に眠たそうな顔しながら欠伸しててやる気がなくて、食い意地張ってるような女がいいってこと?」
「おまえの魅力が言葉でまとめられるわけがねえだろ」
「……気障ったらしい」
「俺はおまえが好きだ」
「…何回も聞いたけど」
「負け戦は性に合わねえ。絶対に落としてやるから首を長くして待ってろ」
「は!常に勝てるとは限らないじゃん、負けたらどうすんのよ」
「勝つまで好きでいる」
「……え」
「勝っても好きだ」


そう言って跡部は気が済んだのかもう1度本を手に取り、ページをめくり始めた。残されたあたしはどうしたらいいっていうんだ。もう1度おなじように雑誌を読んでいればいいのか。そんな馬鹿な。

だけど、ああ、もう。

跡部はイケメンで、お金もあって、身長も高いし運動神経抜群だし将来性にもあふれてるし、3か国語だってペラペラで、自分に自信のあるひとだ。これ以上ないぐらいあたしの好みのタイプに当て嵌まっている。だけど、もし跡部がイケメンじゃなくたって、お金がなくたって、身長が低くたって運動ができなくたって将来性がなくたって、3か国語がしゃべれなくたって、多少自分に自信がなくたって。跡部に付属しているステータスのうちの1つが欠けたってあるいはすべてがなくなったって、こうして一緒にいる空間が持っている雰囲気や空気やそんなものがあるのなら、跡部が跡部であるなら、あたしの答えは最初からきっとイエスしかない。そりゃあ今の跡部はあたしが求めるうえで最高にパーフェクトな男だけど、もし仮にイケメンでお金があってっていう条件をすべて満たした男が現れたとしても、それが跡部ではないのなら、あたしが求めるステータスを何一つ持たない跡部をあたしは選ぶだろう。


「…跡部」


答え合わせをしよう。きっとキス1つで十分だ。

(13.0322)


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