最初彼女を見つけたときは、どんな手を使っても彼女を手に入れなければと思った。そのぐらい彼女は美しくて強くて、すこしでも気を抜いていると誰かに奪われるんじゃないかってぐらい魅力的だったのだ。実際彼女はあのころたくさんのひとに愛されていた。それはもちろん、僕も含めて。だから僕は彼女に近づいた。そして、彼女の恋人になった。それからの日々は今思い出しても笑えてくるぐらい、あまりにも僕らしくなかった。おかしい話だろう。あの雲雀恭弥がよくもあそこまで丸くなったものだ、とあのころはよく噂されたものだ。
僕は彼女をなによりも大事にした。バイクに乗せていろんなところへ連れていったし、彼女との思い出が増えるたびに第三者に対して苛立ちを感じることも減っていき、草壁いわく表情も柔らかくなっていったらしい。そんな僕を、彼女に出会うまで僕は知らなかった。


「雲雀ー!」
「……」
「え、なんで返事してくんないの」
「……」
「おーい雲雀ー?」
「…違うでしょ」
「何が」
「別に、いいけど」
「ん?あ、あー。分かった。分かったよ、あんたは可愛いひとだね本当に」


恭弥、と彼女は僕を呼んだ。そしてそれは僕がついぞ彼女だけにしか許さなかった、名前だったのだ。そのぐらい僕は彼女に僕のすべてを託していた。許していた。なのに、時間は残酷である。だんだんと長い時間を共有していくにつれて、彼女が持っていた強さは彼女だけのものではなくなっていくように思えたし、そこまでの価値が彼女にあるとは思えなくなっていったのだ。慣れたのだろう、と思う。実際彼女はあのころよりもずっと魅力的になっていたし、彼女は誰もに憧れ尊敬されるそんな彼女のままだったのに、僕はいつの間にか過去の彼女を神聖化させてしまっていたのだ。

たしか僕が好きだった女はもっと容量がよかった、もっと力強かった、もっと自信に満ち溢れていた。そう思っていた。しかし彼女もバカじゃない。それに気付いてしまっていたのである。だというのに彼女はそんな傲慢な僕の願いごと包み込むように、僕が望むとおりの自分であろうと尽力してくれた。だというのに、それでは足りないと思ってしまうようになったのである。

たしかに彼女を愛していた。
あのころからたった10年経っただけだったのに、僕は彼女に愛されることに慣れ過ぎてしまって、いつしか彼女を大事にすることを忘れていた。
彼女が僕から離れてしまうことだってできるのだということを、失念していたのだ。どれだけ冷たく振る舞ったところで、彼女だけは僕の傍にいるのだと、そんなふうに過信するようになってしまっていた。


「この資料、いらないって言ったでしょ」
「そうは言っても恭弥は雲の守護者でしょ。ちゃんと目を通しておかないと、10代目がかわいそうだよ」
「ワオ、僕に口答えするつもりなの?」
「口答えなんてしてるつもり、ないんだけど」
「それが口答えって言うのさ」
「どういうことよ」
「僕のやることに文句なんて言わないで、ただきみは僕の言うように動いてたらいいんだよ。きみは僕の部下なんだから」
「でも恋人でしょ」
「だからどうしたって言うのさ」
「…何よその言い方。あたしはあんたを心配してるのよ、昨日だって晩御飯作ってあったのに食べなかったでしょあんた」
「言っておくけど」
「なに?」
「僕はきみの上司だ。きみは僕の下。それを弁えないのなら、ここから出て行ってもらってもいいんだ」


僕の恋人だから、と僕に意見することができることを、昔は許していた。けれど今はそれがただただ疎ましい。そう思った。恋人だからなんだと言うのだ。結局それは、他人ではないか。僕は僕のやりたいようにやりたいし、それが10代目である沢田にどういった影響を与えようが結局のところ僕には関係がない。
だから彼女がまとめてきたのだという書類をそのまま囲炉裏の中に放り込んでやれば、彼女は分かりやすいぐらいにキレイに整えられた眉毛を片方だけ吊り上げて不愉快そうにしていたが、それすらも疎ましい。

ああ、気の強いところを気に入っていたのに、今はなによりもその気丈さが目について嫌なのだ。


「どういうつもりよ」
「いつからきみはそんなに偉くなったんだい」
「どういうこと?あたしたちは最初から対等だったでしょ?」
「対等?僕ときみが?」
「違うって言うの?」
「当たり前じゃない」
「…あんた、変わったね」
「きみもそうだろう」
「あたしが変わったって、どこが変わったって言うの」
「そんなに甲斐甲斐しく世話を焼いて、僕の妻にでもなったつもりかい?生憎だけど、きみに世話を焼かれなくたってそんなことをしたがる女だけなら他にもたくさんいるんだ」
「だから、なんだって?」
「口煩い女は目障りだよ」


いつもやかましく僕のためだとかなんだとか言って仕事を持ってくるところも、気に入らない。僕が間違っていると声を大にして主張してくるところも、気に入らない。ただ黙って僕に従っていればいいのに、彼女はそうしない。だって彼女は自分が間違っているとは思っていないから。そういうところが、疎ましいのだ。まるで正義のヒーローを気取っているかのように思えて、嫌になる。
だけど昔は違ったのだ。きっと、昔は彼女が言うことならば耳を傾けていたし、風紀委員だって彼女を頼りにしていた。

何が変わってしまったのか。
あのころの僕はずっと、彼女が変わってしまったものだと思っていた。


「恭弥、おまえもうなまえに会うな」


いきなり現れてきて跳ね馬はそう言って僕を睨み付けた。それに、僕はなんて答えただろうか。ああ、そうだ。「別にいいよ、清々する」と答えたのだっけか。するとその答えを聞いた跳ね馬は1度だけ僕を殴りつけてから「その言葉絶対に忘れるなよ」と言って僕のアジトを出て行った。
そのとき、どうして彼を追いかけなかったのか、今となっては後悔だらけだ。あのあと本当は弱り切っていた彼女の肩を抱いている跳ね馬の姿でも見れば、彼女への愛を思い出すことだってできていたかもしれないのに、なんて、全部想像上の話でしかない。僕はそうしなかった。あのころの僕は、そうしなかったのだ。


「恭弥さん、沢田から写真を渡されました」
「…あの子の?」
「…はい。どうしましょうか、見たくないならこのままこちらで処分しておきますが」
「いや、見るよ。そろそろ、潮時だ」


長い時間が経った。彼女が去ってしまってから、気が遠くなるほど長い時間が。そしてその時間の中で思い知ったのだ。いかに彼女が自分にとって必要な存在であったか。どれだけ愛しい存在であったか。いまごろ気がついても遅いことを、何度も何度も。けれど、僕はもう彼女を追いかけることはできない。だから待っていた。ずっと、待っていた。暴れてしまいたいぐらい孤独な夜を何度も1人で越えて、そうして、いつか彼女が自分から戻ってきてくれる日のことを夢見た。
それが夢でしかないことを、僕は知っていたのに。

そして草壁から渡された沢田が寄越してきたという写真は、もう僕がすべてを諦める日がきたことを示している。だから、僕はそれを見なければならない。


「…幸せそうじゃないか」
「…恭弥さん」
「草壁も見てごらん、とてもいい写真だよ」
「…そうですね」
「なまえによく似た、かわいい女の子だ」


そこに写っていたのは、母親の顔をした彼女と立派に父親の顔をした跳ね馬、そして満面の笑顔を向ける、彼女の愛娘の姿だった。その上彼女はひどく幸せそうな笑みを浮かべて跳ね馬に寄り添い、跳ね馬もそんな彼女の肩を力強く抱いている。
これは、僕が手放したものだ。
この痛みは僕が彼女に与えていたものだ。
決して手に入れられない、僕が手に入れたかったすべてが、ここに詰まっている。


『きみはずっと僕の隣に居てね』
『どうしたの急に』
『僕の前でも後ろでもない、ずっと隣にいて』
『ははー卒業しちゃうとさすがの恭弥もセンチメンタルな気分になるのか』
『茶化さないでよ』
『安心してよ、あたしはずっと恭弥の隣にいるし、間違ったことしてるって思ったらちゃんと道を正してあげるから』
『ふふ、頼もしいね』
『恭弥があたしを必要としなくなる日まで、あたしはどんなことがあっても恭弥の傍にいるから』


その言葉を、彼女は忠実に守った。


『好きだよなまえ』
『ふふ、あたしもだよ』
『ずっと、好きだ』


その言葉を、僕は守れなかった。


「もう、きみを好きでいることはできないね。なまえ」


この写真はもう燃やしてしまおう。これ以上僕の想いがきみを汚してしまうことのないように、きみの幸せは、すべてきみに返してしまおう。だからその代わりに、きみがくれたすべてを持っていることを許してほしい。いつか、いつか僕が沈んでいくその日まで、きみがくれたものに包まれて生きていたい。
もう2度ときみに会えなくても構わない。
きみはきみで幸せになってくれればいい。
だけど、僕のことはきみがくれた愛の言葉で埋葬してくれ。きみの目の届かないところで、ひっそりと、海にでも沈めてくれ。きみがもう2度と泣かないで済むように。

(13.0414)
リクエストいただいてからあげるまでに時間がかかってしまいましてすみません…!いつも美佐さまの素敵リクエストに歓喜しておりますありがとうございます!しかし久しぶりにシリアス書きました…!もしお気に召しませんでしたらいつでもメッセージいただけたら幸いです!素敵リクエストありがとうございました!


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -