かわいい恋人がいるのにわたしとこんな関係になっちゃうなんて悪いひと。そう言っておれの頬をゆるやかに撫でる女のなまぬるい体温が気持ち悪くて、女を突き飛ばすとさっさと服を着てそうそうに部屋を出た。こんなことをし始めたのはいつからだろうか。乱暴に車のドアをひらき苛立つままアクセルを踏み込んだ。そして助手席のシートにこれ見よがしに置いてある先ほどの女が置いていったタバコを窓から放り投げた。
タバコを吸う女はきらいだ。くせェ。キスなんかした日にゃ相手をそのまま殺してやりたくなる。
その点あいつはいい。タバコなんか吸わねえし、手慣れていることを伺わせるようないやにもったいぶった手つきでおれに触れることもない。流し目なんか送ってこねーし、いつだって無邪気にはにかんで笑う。それにあいつの唇はリップなんかでごまかさなくてもいつだってきれいな赤い色をしている。おれが心からキスしたいと思うのはあいつの唇だけだ。そう言うとあいつは決まって恥ずかしそうにすこしだけ俯いて、ありがとう、なんてちいさな声で言うものだから、おれは余計たまらなくなってすぐさまキスをするのだ。


「会いてェなあ」


あいつはおれにとってなくてはならない存在だ。それは付き合いはじめから数年たった今だってかわらない。あいつがいなければおれは壊れてしまうだろうし、あいつにとっておれがそうであれたらいいと思う。こんなことを言えばルッスーリアあたりは「あなた今自分がどんなことをしているかを考えてからものを言ってちょうだい」なんて言いそうだが、実際その通りだと思う。
さきほどまで心を埋め尽くしていた穏やかな幸せから一変、罪悪感で死にたくなった。

あいつが好きで好きでたまらない。だというのにおれがやっていることは紛れもなく浮気だ。いや、どんな女を抱いたところでまさか恋愛感情を持つことはないし、あいつ以外に他のだれをも愛したことはないが、それでもおれがやっていることは浮気でしかないのだろう。
おれはおおきく溜息を吐くといそいでアジトへと戻ることにした。あいつにはこのことは隠し通している。ルッスーリアはこの間おれになにかを言おうとしていたが、結局それはなんなのかは知らないままだ。きっとおれを責める言葉なのだろう。責められてしかるべきだとはわかってはいるが、どうせ責められるのならばルッスーリアではなく、あいつであるべきだ。

しかしあいつはきっと知ったとしても、おれを責めるようなことはしないだろう。それどころかぽろぽろと泣きながら「ごめんね」なんて謝ってきそうで、余計にばつが悪くなった。ああ泣いてほしくねえ。だというのに、浮気がやめられねえ。自分を殺してやりたい。いつだってあいつには笑ってほしいのに、おれがやっていることはあいつを泣かせるだけなのだ。

ほんとうは暗殺者なんてやっているのもあいつとしては嫌なのだろうが、それさえもなにも言わないで「けがだけはしないでね」なんて言ってくれるあいつを、どうしておれはこうも簡単に裏切り続けているのだろう。





『スクアーロ、話があるの』


ある日、なまえが唐突に電話をかけてきた。なまえはあまり電話をしてこない、それに今はラッキーなことに女と一緒にいない。おれはできるだけ優しい声がでるように舌なめずりをして、ゆっくりと「どうしたあ」と口にした。
あいつの声はいつもどおりだった。けれど、すこしだけ、呼吸がおかしかった。
まるでなにかを我慢しているかのような。


『ずっとずっと、知ってたんだけどね』

「なにを、だあ」

『ごめんねそれでもやっぱり好きだったからスクアーロを手放せなかったんだわたし』

「ちょ、待て、待ってくれえ」

『待ちたいんだけどね、ごめんもう待てないんだ』


それからなまえはぼそりぼそりと口にした。もう何人もの女が自分のもとを訪れてきたこと。スクアーロと別れてくれという手紙が何通もポストのなかにはいっていること。耐えられない、ということ。
おれはあわてた。まさかそんな事態になっているだなんて露ほども思わなかったのだ。あいつは一般人だし、それにあの女たちだって一般人だ。裏社会の人間ならまだしも一般人がそんなふうにあいつの住所を探り当てるだなんて、夢にも思わなかった。
おれは電話越しにすこしずつすこしずつ小さくなっていく声を必死になって聞こうと耳に押し当てながら、急いでアクセルをふかした。
なにに怯えているのかはわからなかった。ただ急がなければと思った。急がなければ、間に合わなくなる。


「嘘だろお」


そしておれは間に合わなかったのだ。
途中で途切れた通話。あわててドアをひらけば、そこにはおれがやった指輪を握りしめて眠ったように死んでいるなまえがいた。
部屋に散乱している手紙はすべておれが相手してきた女たちからなのだろう。いつからだ?いつから、おれはこんなふうになまえが苦しんでいることにさえ気づけないでいたんだ。


「なまえ、なまえ」


細い髪の毛をゆっくりと震える手で撫で上げる。けれどなまえはもう目を開くことはない。あのはにかんだ笑顔は永劫戻ることはない。おれがあんなにも愛したものは、もうどれだけ乞い願おうとも、この世にはない。

だれか、おれを殺してくれ。



(11.0901)
完全にリクエストが素敵すぎてリクエスト負けしてるような気がするのはわたしだけではないような気がします…!リクエストありがとうございました!


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