ぼくに恋人ができた。その噂はあっという間に並盛にひろがって、今やあの子はちょっとした有名人だ。けれどあの子はふつうの子なのだ。べつに特別喧嘩が強いわけでもなく、たしかにかわいいけれど人目を引くほどずば抜けて美人というわけでもなく、強いて言うならふんわりしていて癒し系で清楚な子。ぼくが日頃嫌いだと豪語している草食動物そのものだ、だというのにやはり恋愛というのはひとを変えるらしい。あの子限定ではあるものの、ぼくは草食動物がきらいじゃない。

 しかしあの子はほんとうにこの平成の世の中を生きてきた女の子なのかと思うほど、いまどき珍しい純真無垢な女の子なのだ。まあそういうところも気に入っているところの1つではあるのだが、ぼくだって一応健全な男だ。それなりに彼女に手を出したいと思うときだってある。
 けれどあの子のほほ笑みの前ではそんな不純なかんがえは捨てなければならない。というわけでぼくはあの子と付き合ってからすでに半年がたとうとしているものの、いまだにキス以上のことをしたことがない。


「しかもキスさえ照れるしねきみ」

「雲雀先輩破廉恥ですよ!」


 真っ赤な顔をして破廉恥だと言いながらぼくを軽くたたくあの子はとてもとてもかわいいけれど、すこしばかり清廉すぎやしないかと思うときもある。


「だいたい学生の間でのお付き合いというものは潔白でなければ!」

「そういう性格だからこそきみのその可愛さは成立するってわかってるけどね」

「…そういうことすぐに言っちゃうんですからもう…」

「照れたの?」

「そりゃ照れますよ、だ、だって彼氏ですもん、雲雀先輩は」


 そこはぼくとしては「好きなひとですもん」とは言ってほしいところだが、それは彼女には望みすぎというものだ。ぼくのことを彼氏だと言うのさえすこしばかり恥ずかしさを感じているらしい彼女にとってはこれが精いっぱいの甘えた発言なのだから、あまりのいじらしさにぎゅうと彼女を抱きしめた。

 応接室のソファの上、むしろぼくの膝の上で真っ赤な顔をしてぼくに抱きしめられている彼女はばつぐんに可愛い。しかも香水でないシャンプーや柔軟剤などの安心するいい香りが鼻孔をくすぐって、ほんとうに落ち着くのだ。こういうときにこの子と付き合えてぼくはなんて幸せ者なんだろうと実感する。


「あまり遅くなったらお母さんが心配するだろうしね、今日ははやく帰ろうか。送るよ」

「雲雀先輩って」

「ん?」

「噂じゃすごい暴君って扱いされてますけど、紳士的ですよね」

「きみにだけね」

「あ、ありがとうございます…」

「また照れたの?」

「照れますよそりゃ!恥ずかしい!」

「なんで」

「だ、だって…その…」


 そのまま黙り込んでしまった彼女に、ついついいたずらがすぎたなと反省する。まあでもたぶんぼくはまた同じようないたずらを繰り返すのだろうが。だいいち彼女の反応がかわいすぎるのが悪いのだ、ぼくが悪いのではない。まあこういうところがぼくが暴君たるゆえんなのだろうが。

 しかし彼女が言っているのはぼくが日頃草食動物たちにたいして遠慮なく暴力をふるっているという噂にもとづいたものであるので、やはり彼女からすればぼくは優しく見えるのだろう。こういうときに自分についたあまりにもよくないマイナスイメージにすこしだけ感謝したりする。おかげでぼくはだいたい何をしても彼女にとっては「いいひと」にうつるのだから。
 けれどぼくだってちゃんと彼女にたいして配慮はしている。彼女といるときは草食動物相手に暴力なんて振るわないし、抱きしめたときに感触でばれてしまうのでトンファーだって持ち歩かない。なるほどぼくは草壁の言うとおり彼女に首ったけらしい。すこしだけ自分に呆れてしまう。

 はやく帰ろうと言ったのだって、自分がよければそれでよいという考え方をいままでしてきたくせに、どうせ彼女と仲良くやっていくのなら彼女の家族とだってうまくやっていきたいと考えたからで、彼女の家族に不信感をもたれないようにするためだ。それに彼女はそうとうに親思いな女の子だ。自分の彼氏が家族と仲が悪いだなんてかなしいことだろう。きっと泣いてしまうに違いない。それで捨てられるだなんてごめんだ。それならぼくは自分にできる最大限の努力を惜しまない。

 付き合い始めのころこそ、ぼくの噂を知っている両親にいい顔をされていなかったぼくだが、いまではそれなりに信頼もされている。今日だってメールをくれた。よければ晩御飯もたべていきなさい、だなんて、ぼくも随分とふつうの少年になったものだ。


「…その…」

「ん?」

「雲雀先輩は…わ、わたしの…好きなひと、ですから!」


 蒸発するんじゃないかと思うぐらい真っ赤な顔でそう言うと、彼女はちいさな手で自分の顔を覆って、ぼくの膝の上にいるというのに目をそらそうと必死になって身をよじっていた。でもそれを許すぼくではない。思いがけずかわいいことを言われてしまったのだ。これで離せというほうが無理な話ではないか。

 頬にかるくキスをすると、おもしろいぐらいに彼女の肩がはねた。そんなにいちいち過剰反応しなくても、と思う反面、やはりいつまでたってもうぶな反応な彼女に愛しさが募る。


「今日はバイクで帰ろうか」

「え?でもいつも危ないからって歩いて帰るのに?」

「安全運転にするよ。それに歩いて帰るよりは早いでしょ」

「どうして?」

「だって、もっときみといたい」


 いつもよりすこしだけでもいいから長く一緒にいたい。
そう言うと彼女はほんとうにゆでだこみたいに顔を赤くして、とうとう奇声を発しながら足をばたばたと動かし始めた。でも嫌じゃないみたいだ。ああなんて可愛いんだろうこの子は。

 たしかに段階を進みたいと思う気持ちだってあるけれど、それで彼女が泣いてしまうのはいやだ。それに今のところ物足りないと言う気持ちはない。恋愛と言うのはほんとうに素晴らしいものだ。ぼくがひとに譲歩するだなんて、数年前の自分なら考えられないことだろう。彼女が彼女らしくぼくのそばで一喜一憂しながらほほ笑んでいてくれたら、べつに自分の欲望なんてたいしたことはない。

 月並みな言葉だけれど、ぼくは彼女を大事にしたいのだ。まさかこんな気持ちが自分にもあっただなんて思いもしなかったけど。


「だいすきだよ」


 ぼくがしたいことなんて、大人になってからでいいよ。それまでいくらだって待てる。とにかくきみをしあわせにしたいんだ。


(11.0924)


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