「たっだいま〜!」
「おかえり。どうしたの、何であなた今日そんな上機嫌なの。はい上着」
「はい上着。いやーわたしの企画が通っちゃったんだ!しかも部長に褒められちゃってテンション高いんだ!わたし!」
「いつものテンション3割増だね」
「いやー晩御飯は恭弥くんお手製の肉じゃがだし、いつものテンションの8割り増しだね!」
「ほとんど2倍じゃない。とりあえず早く上がりなよ、ご飯冷めるから」
「ていうかアレだね!やっぱり新婚さんみたいだねわたしたち!」
きゃー恥ずかしいー照れるーだとか言いながらなまえさんはパンプスを脱ぎ捨てると、颯爽と洗面台へと向かった。どうやら昨日の言いつけは覚えていてくれたらしい。その無邪気な後姿を見送りつつ、上着をハンガーにかける。本当に自分が新妻になったような気分だ。茶碗にご飯をよそい彼女の前に置く、すると彼女はキラキラとした瞳でテーブルの上に並ぶ数々の食事を眺めていた。
肉じゃがにちょっとしたサラダ、それから卵焼き。別段大したメニューではないはずだが。第一材料もそんなにないのだから大したメニューが作れたはずもないのだが。彼女はそれらをまるで豪華なフルコースでも見たかのようなキラキラした目でじっくりと見つめ、一つ一つ美味しそうに平らげていった。
「あなたって本当に美味しそうにご飯を食べるんだね」
「美味しいものなんだから、美味しそうに食べます!」
「そういえば思ったんだけど、あなたって僕が来る前はちゃんと自炊してたの?」
「掃除洗濯はしてました」
「料理は?」
「……燃えないごみが増えちゃって困るよねー」
「要するにコンビニ弁当ばかりだったってこと」
「……で、でも野菜はちゃんと食べてたよ。洗って切ってドレッシングかければいいだけだもん」
「小学生でも出来る」
「(小学生レベル宣告!)」
まさかそれほどまでに料理が出来ないとは。
確かに冷蔵庫の中身やキッチンの状態からあまり料理をする人だとは思ってはいなかったが、まさかここまでとは。
しかしそれにしては肌荒れもなく綺麗な肌をしている。親元を離れてからずっとその生活だったならばもっと肌荒れしていてもおかしくない話だろうに。すると彼女はぽつりと「元彼が料理好きだったの」と漏らした。なるほどそういうことか。ならば彼女が料理をしなかったのも頷ける。オレ料理が好きだからさーなんて恋人が言った日には、きっとこの人ならば全部任せっきりにしてしまうことだろう。僕に至っては料理が好きだとカミングアウトしたわけでもないのにこのザマである。まあ料理は嫌いではないし、暇だから別段苦にはならないのだが。
「そういえばあなたって、企画課だったんだね」
「そうだよー元は秘書課だったんだけどね、ちょっとミスが多くって首になりかけたんだけど、ユニークな奴だからっていうんで使えるかもって部長に見込まれて、移動になったんだ。ちょっと使える奴っぽいでしょ」
「ふうん」
確かになまえさんに秘書課は務まらないだろう。務まるとしても日本では無理だ。どちらかといえば確かに企画課のほうがずっと向いているような気がする。それに先程も企画が通ったと言っていたし、なかなか優秀な人材なのではないだろうか。そう考えればこのただのOLにしては少し広いマンションの訳も理解できた。
きっと頭の弱い彼女には理解できていないだろうが、どうやら彼女は会社で期待されているらしい。
そしてそんな彼女は「わたし世界で1番幸せです」とでも言いたげな満面の笑みを浮かべて肉じゃがを口いっぱいに頬張っていた。…まるでハムスターだ。
「おいひいほひょうひゃふ、」
「口の中にものを入れたまま喋らない」
「…………」
まるでハムスターだ。いや、撤回しよう。まるで子どもを持った親みたいな気分だ。
ちなみに彼女は予想通り酒に弱く、結局酔いつぶれた彼女を寝室まで運ぶ羽目になったのだが、それはそれで別の話である。
(10.1023)