結局何度も対戦したにも関わらず全て惨敗を喫し、夕食は彼女の要望どおり肉じゃがを作ることにしたのだが、生憎ながらここに肉じゃがを作るだけの材料があるはずがない。本来ならば慌てるようなシチュエーションだが、時代は僕が思っている以上に消費者に優しくなっていたらしい。

パソコンを立ち上げ、改めて最近はすっかり便利な世の中になったものだと感心する。インターネットで食材が買えるようになるだなどと誰が想像しただろうか。これならば部屋の外に出られない僕でも気軽に食材を手に入れることが出来る。カチカチと必要な材料を選択するとクリック1つ。これで大丈夫だ。
だが、本来ならば大丈夫ではない。何せ僕は幽霊なのだから、人の視界に入ることはできない。よって材料を受け取ることは出来ないのである。しかし頭の弱い彼女はそれに気付かなかったらしく、材料のことについては爪の先程も心配していなかったが。しかし、例外と言うのは時として存在するらしい。自分がこんなにもファンタジー的存在になってしまったことに今更驚きもしないが、どうやら僕はほんの僅かな間ならば実体化できるらしかった。まあ実体化したあとはかなりの疲労が待っているのだが、少し休めば回復する。宅配の受け取りの間ぐらいならば実体化を保つことなど容易である。

とりあえずすることもないので冷蔵庫にストックしてあったビールを1本冷やす。

どうやら彼女は週に1度飲酒する日というのを決めてあるらしく、今日がその日らしい。どうして週に1度だけなのかと問えば至極当然のことのように、「太るから」と断言された。見たところそれほど太っているようには見えないのだが、そこは女性特有の意地のようなものなのだろうか。というか彼女は酒なんてものが飲めるのだろうか。まったくイメージできない。すぐに酔っ払ってそうだ。しかも笑い上戸か泣き上戸。簡単に想像できるその姿にクツクツと笑い声が漏れた。

するとピンポーンとインターホンが鳴る。なまえさんが住んでいるマンションはそれなりにセキュリティー設備がしっかりしているらしく、ちゃんと誰が訪問したか室内でも確認できる仕様となっている。そしてそれが配達員であることを確認すると、「空いてるから入って」と声をかける。すると配達員は不思議そうな顔をしながらも家の扉を開く。これで第一関門は突破である。僕は不思議な事に部屋から出られないのはおろか、部屋から出るための突破口、すなわち玄関やベランダへ続く窓などに触れただけでも意識を失いかけるのだから。

ガチャリと開いた扉の音を確認して全身に力を込め、実体化する。鏡でそれがうまくいったことを確認し、玄関へと向かう。そして立っていた配達員に料金を渡し礼を言うと、少し小柄な配達員は僕を見上げながら照れたように頬を赤らめていた。


「どうもありがとう」

「い、いえ!…ここにお住まいなんですか?」

「まあ住んでるといえば住んでるけど、ちょっと訳ありでね」

「そ、そうなんですか…またのご利用を心から、心からお待ちしております!」


まるで捨て台詞のようにその言葉を吐き捨てると、彼女は真っ赤な顔を隠しもしないで走り去っていった。愉快な子だ、あのひとには負けるけど。その後姿を見送ってから何とか死ぬ気で玄関の扉を閉める。一瞬視界が真っ白に光って、それからどっと疲労が僕の身体を支配する。ちらりと見た全身鏡には勿論僕の姿は映っていない。

しかしこのままこれを手に廊下に寝そべっているわけにもいかない。何とかそれを冷蔵庫に仕舞いこむと、そのままの足でソファーまで向かい寝転んだ。

そっと瞼を閉じると今にも眠気に負けそうだった。その前に時間を確認する。今は10時30分少し前。ならば3時までは寝ていよう。そう心に決め、心地よい眠りの中に身を投じた。

(10.1023)




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