そういえば恭弥くんは服などはいるのだろうか。確かに食事などの必要はないらしいがお風呂などには入っているし(綺麗好きらしい)、言われたことはないが、やはり毎日同じ服を着ているなんて嫌なのだろうか。いや、まだ2日目だけど。というかこれからもずっと居るかどうかも分からないし、いつまで居てくれるのかも分からないけれど。でもこれからも居てくれることを考えれば服も必要だろう。わたしの服でもいいなら貸すが、恭弥くんは細身ではあるが、どう見てもわたしより背は高い。ちんちくりんになってしまうこと間違いなしである。
思い立ったが吉日。その言葉通りにわたしは仕事帰りにデパートに寄り、何か服を買おうと思い立った。しかしすぐに問題にぶち当たった。わたしは恭弥くんの好みを知らないのだ。幽霊なので体感温度の問題はないだろうが、色合いやデザインなどには問題アリだろう。個人的なイメージとしては「何でもいいよ」なんて言いそうなイメージだが、こだわりなんかがあったらどうしよう。好きな色ってなんだろう。
しかし思い返してみれば彼の服装は至極シンプルであったことを思い出した。黒のパンツに白いシャツ。まるで学生服のようなスタイルだった。そしてその服装がいやに似合っていた為に、わたしの彼のイメージは最早シャツにパンツスタイルである。ベストなんてつけたらどこのバーテンだと言いたくなるような。
だがお風呂上りに着れるような格好で構わないのでスウェットなんぞを買うことにした。最近の学生はスウェットで外へ出歩いたりするもの。きっと大丈夫だろう。スウェットは万能だろう。
そう言い聞かせるように自分に唱え続け、スウェットを数着購入し家へと帰る。
電気が点いてる。それだけのことでどうしようもなく心が温まった。
「ただいまー」
「おかえり」
「…ん?この匂い…ま!まさか!」
「当たり前でしょ。僕はあなたの新妻なんだから」
ニッコリと意味深に微笑む恭弥くんに連れられリビングへと向かうと、そこにはわたしなんかじゃ到底作れないような立派な和食が並んでいた。思わずよだれが垂れそうな美味しそうな匂いである。というかもう垂れてきてるかもしれない。しかし恭弥くんはもうテーブルへと向かおうとするわたしを制した。何をするのだ。その思いを込めて振り返ると、恭弥くんはきっぱりと言い切った。
「ご飯を食べる前には手を洗うこと」
「は、はい!」
「それから、スーツは脱ぎな。散るとシミになるから」
「は、はい!」
「じゃあ上着貸して。あなたは手を洗ってきて」
「は、はい!」
上着を脱ぎ恭弥くんに預けると、わたしの身体は恭弥くんの手によって反転させられ、洗面台の方向へ。とんと背を押され、洗面台の方へてくてくと歩いていく。後ろの方では音からするに恭弥くんがわたしの上着をハンガーにかけてくれているらしかった。なんてことだ、本当に良妻だ、新妻だ。
ちゃんと石鹸で手を洗うと、恭弥くんはやっとOKサインを出してくれた。急いでテーブルにつくと「いただきます!」と手を合わせて礼をした。そんなわたしの様子を愉快そうに恭弥くんは向かいの席で眺め、そしてコップにお茶を注いでくれた。なんてことだ、何から何まで良妻だ、新妻だ。
「急いで食べなくてもご飯は逃げないよ」
「だって!美味しいし!これも!これも!」
「はいはい」
「あのさ、」
「ん?」
「恭弥くんって何歳なの?」
そう問うと恭弥くんは少しびっくりしたように目を見開いて、逆に「何歳だと思う?」と問いかけてきた。
何歳。まずどこからどう見ても学生だろう。しかし見ようによっては中学生にも見えるし、高校生にも見える。まあどちらにせよわたしは犯罪者になってしまうような年齢だ。
「16?ぐらい?」
「なら、そのぐらいで」
「……え?え、ちょ、ちょ、それ答えじゃなくない?」
「別にいいじゃない。僕は幽霊なんだから」
「あ、それもそうか」
何だか答えになっていないような気もするが、何だかもうそれでいいような気もする。もぐもぐと美味しいご飯を堪能していると、「ちゃんと30回噛んでから飲み込みなよ」とのご指摘を受けた。それに頷き、自分の中で噛んだ回数をカウントする。1,2,3…あれ、どっちが年上なんだっけ。
(10,1023)