朝起きたら全てはわたしの都合のいい夢で、イケメンな幽霊少年なんて居なくて、わたしはやはり相変わらず寂しさ溢れる一人暮らしの独身女だった。きっとそうなのだろう。そう思っていた。

だがしかし今日のわたしを目覚めさせたのはいつもの五月蝿い目覚まし時計ではなかった。ゆさゆさとわたしを揺さぶる体温のない大きな手だった。


「なまえさん、起きて。遅刻するよ」

「………恭弥くん?」

「そうだよ」

「今、何時?」

「あなたの目覚まし時計が鳴ってから約15分後」

「嘘ォォォォォ!」


とりあえずギリギリまで寝ていたいわたしは目覚まし時計もギリギリの時間で設定してある。飛び起きて確認するも、目覚まし時計はキッチリとオフにされていて泣きそうだった。これで時間にゆとりでもあろうものなら、目が覚めてイケメンがそこに立っていたらドキドキもするのだろうが、今のわたしは遅刻の恐怖のドキドキに支配されてしまっている。慌しく自室を飛び出すと、リビングにはまさかの温かいご飯が既に用意されてあった。
驚き後ろを振り返ると、恭弥くんはポンとわたしの背を押し、椅子に座らせた。なんてことだ、あの寂しすぎる冷蔵庫にある材料からよくこれだけの食事を作り出してくれたものだ。素直に感激した。


「きょ、恭弥くん!」

「ほら食べな。遅刻するでしょ」

「ありがとう!人、っていうか幽霊だけど、人の手料理なんて久しぶりに食べるよ!」

「…そう」

「しかも美味しいし!」

「それは良かった」

「でも食べきれないからさ、これラップして冷蔵庫入れといてね!晩御飯に食べるから!」

「はいはい」


それからはバタバタと慌しいながらも恭弥くんの素晴らしすぎるサポートがとんでもない助けとなり、何とか遅刻は免れることが出来る時間帯に準備を終わらせる事ができた。
パンプスを履き、さあ家を出るぞ!と意気込んだところでがっと肩を掴まれその勢いは引き止められた。


「これ、鞄忘れてる」


わたしは何をしに会社に行こうとしていたのだろう。よりにもよって鞄を忘れるだなんて!学生時代にも頻繁にやらかしたことがあることだったが、社会人になってもまだやらかしかける羽目になるとは夢にも思わなかったぞ。というか恭弥くんがいなかったらわたし確実にやらかしていた。


「あ、ありがとう…!」

「それとこれ、昼ないんでしょ。おにぎりだけだけど持って行きなよ」


鞄と一緒に手渡されたタッパーには綺麗な形のおにぎりが3つ並んでいた。何ということだ、この子はわたしのために朝食ばかりか昼食まで作ってくれたというのか!あまりの感激にタッパーごと恭弥くんの手を握る。


「い、いいの!?」

「いいも何も、僕は食べれないしあなたが持って行かなかったら」

「ありがとう!わー、お弁当なんていつ振りだろう…!」

「そんなに嬉しい?」

「当然!」


びしっと親指を立てて返事をすると、恭弥くんは本当に面白そうにクツクツと笑った。そしてそれからわたしの少し歪んだ襟元を正すと、「行ってらっしゃい」と笑顔で挨拶をした。
なんか、なんかこういうのってまるで。


「新婚さんみたいだね恭弥くん」

「は?」

「ってうわァァァ!遅刻する!じゃあ行ってきます!」


行ってらっしゃいと返す前に自身の腕時計を見て発狂したような声を上げながら、彼女は慌しく家を出て行った。どうやら今度は鞄を忘れるという失態はしなかったようである。暫くすると「痛っ」という声が扉の向こうで聞こえた気もするが、生憎僕はこの家から出られないので確認のしようがない。

(10.1023)




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