実はわたしには好きなものがある。だが、それは好きなものというよりかは、どちらかというと好奇心に近い。だから本当に『それ』が好きな人たちのように一人でも観賞できます、なんてことは強がりでも言えやしないのだ。要するにわたしが何を言いたいかと言うと、ぶっちゃけた話、ホラー映画が見たいのだ。

仕事帰りに最近噂になったホラー映画をレンタルショップで借り、ウキウキで帰宅する。本当に怖いよと会社の同僚には念を押されたが、きっと大丈夫だ。だって何せわたしはもう1人ではないのだ。ホラー映画を見た後に「トイレに行ったら先に何かがトイレに座ってたらどうしよう」なんてあらぬ妄想にビビり続けることもないし、お風呂場で後ろが気になることもない。壁から伸びてくる手なんてものの存在を本気で危惧することもないのだ。誰か人が1人居てくれるというだけで気分は大分違う。それに恭弥くんならばきっとどっしりと構えてどんな精密なホラー映画だろうと「フィクションでしょ」と言い捨ててくれるに違いない。気分的には父親となら一緒にホラー映画を見ても怖くないと信じて疑わない子どもの気分だ。


「恭弥くん!ホラー映画見ませんか!」


食事も終えのんびりリビングで過ごしている恭弥くんにそう声をかける。すると恭弥くんはゆったりと振り返って、わたしの手からDVDを奪い取る。そしてそのパッケージをしげしげと眺めた後に、わたしの方をしっかりと見据えて「いいけど」と煮え切らない言葉を呟いた。


「けど?」

「あなた、ホラーなんて大丈夫なの」

「1人じゃなければ!」

「なるほどね」


納得したらしい恭弥くんはDVDをデッキに入れた。そして慣れた手つきで操作をし、リモコンでチャンネルを変える。…ちょっと映像がリアリティに溢れすぎているが、わたしは終盤まで持ち応えられるだろうか。既にオープニングの映像だけで泣けそうだ。
だがしかしそんなわたしの表情に恭弥くんは「止める?」と助け舟を出してくれた。だというのに、わたしはうっかりその助け舟をスルーしてしまったのである。


「見、見れる!」

「そう」


再生ボタンオン。それからの2時間はまさに地獄だった。要するに、やはり案の定、駄目だったのだ。






「…なまえさん」

「………」

「あれはフィクション。実際には存在しないストーリー」

「で、でも!もしかしたら壁から無数の手が伸びてきて地獄へと引きずり込まれるかもしれないじゃん!そのまま髪の長い女に貪り食われちゃうかもしれないじゃん!」

「…まったく、だから言ったでしょ。こんなあからさまにスプラッタホラームービー」

「………ごめん、ほんっとにごめん」


恭弥くんは本当に「フィクション」だと言い捨ててくれたけれど、それでもわたしが捨て切れなかった。だってあんなに怖いとは夢にも思わないじゃないか。首があっさり飛んだよ、血が噴出したよ!しかし恭弥くんはそんな残酷シーンでさえも眉一つ動かすことなくただ静かに傍観していた。それどころか「ありきたりだね」だなどと笑えるぐらいの余裕さえ持ち合わせていた。

だというのに今わたしは大人の威厳も何もかも放り出し、ぴったりと恭弥くんにくっついた状態で手を握り締めている。しかも腕まで絡ませて。しかし恋人同士がするような絡ませ方ではなく、どちらかというとプロレスに近いくらいの強烈な絡み方ではあったが。
ああ本当に恭弥くんはなんて優しいのだろう。こんな面倒くさい女の腕を振り払うこともなく傍にいてくれるだなんて。


「…そろそろ離しなよ、だいぶ落ち着いてきたでしょ」

「…もしも恭弥くんが眠っているときに、無数の手が壁から伸びてきたら」

「?」

「そう考えたら、すっごく怖くならない?」

「なまえさん?」


ガタガタと可哀相なほど震えるわたしをおかしいと思ったのか、恭弥くんがわたしの顔を覗き込んだ。そしてそれからびっくりしたように目を大きく見開いた。それはそうだろう。わたしの目からはボロボロと大粒の涙が零れ落ちているのだから。いきなり隣に座り込んでいる女が泣き出したら、どんな奴だってビビるに違いない。きっと先程見たホラー映画よりもわたしの泣き顔の方が恭弥くんにとっては衝撃的だったに違いない。

静かに慌てる恭弥くんの服の裾を小さく握り締める。


「わがままだって分かってる。無理を承知で頼みます」

「……まさか、」

「一緒に、寝てくれませんか」


今度こそ恭弥くんは絶句した。わたしだって痛々しいとは思う。だけれど仕方ないじゃないか。こんなにも怖いと思ったのは初めてなのだ。

頭ではアレはフィクションだと分かっている。だけれども心だけは否定している。理屈じゃないのだ、本気で今晩1人で寝たら死ぬような気がする。明日には惨たらしい死体と化すか、行方不明者になるような気がする。言っておくが本当の本当に本気だ。


「だ、だめかな…」

「……今晩だけだよ」

「あ、ありがとう…!!!」


あまりの恐怖にすっかり身体に力が入らないため、恭弥くんの手を借りてわたしの部屋へと向かう。基本的に恭弥くんはソファーで寝ているために、部屋自体は余っているものの恭弥くんに宛がっている部屋はない。そして入念に部屋の中を確認すると、恭弥くんを室内に招き入れた。恭弥くんはというと呆れ顔である。それはそうだろう、自分こそが先程わたしが相当にビビりまくっていた幽霊そのものなのだから。



「…ねえ本当に一緒に寝るの」

「お願い!」

「……分かった」


律儀にも一度だけ確認を取ると、恭弥くんはわたしの隣に寝転んだ。しかも壁側に。


「壁側は嫌なんでしょ」

「恭弥くんイケメン…!」

「早く寝な。明日も仕事でしょあなた」

「はーい」


頷くと恭弥くんはまるで子どもをあやすみたいに、ぽんぽんとわたしの背を軽く叩いた。そして布団をわたしの肩にかけてくれた。何て優しいんだろう。軽く感動してしまった。
しかししてもらいっぱなしでは何かと申し訳ない。ということでわたしがまず真っ先に思いついたのは腕枕だった。少し浮いていた恭弥くんの頭の下にさっと腕を通すと、恭弥くんはきょとんとした顔を浮かべて心底不思議そうにわたしを見つめた。


「何?」

「何って腕枕だよ」

「腕枕って大体男がするものなんじゃないの」

「いやー、ここは年上の包容力を見せてあげようかなと思って」

「ワオ、そんなものあったんだ」

「………いいの!今から身につけるんだから!」

「……でもやっぱり」

「駄目ー」


どうにも抵抗があるらしい恭弥くんは頭を浮かせて逃れようとしたけれど、そんなことを認めるわたしではない。恭弥くんの頭を上から無理矢理押さえつけて腕枕の体勢にすると、そのまま腕を固定させた。これで恭弥くんは逃れられない。にへらと笑うと、思いの外恭弥くんはじっとわたしを見つめていた。この距離で見つめられると照れるが、それは恭弥くんも同じだということでスルーする。

しかしこんな明らかに学生ほどの年齢の少年と(いくら幽霊であるからといって)一緒のベッドで眠るなどと、ものすごく背徳的な気分である。

しかし恭弥くんはするりとわたしの頬を撫で、髪を撫で、落ち着かせるように背中をとんとんと叩いてくれた。するとゆっくりと睡魔が襲い掛かってくる。きっと恭弥くんはわたしを適当に寝かしつけたらどこかへ行ってしまうつもりなのだろう。同じベッドに入ることに少年らしからぬ遠慮を感じているようだが、もし、朝起きたときまだ恭弥くんが同じベッドに居てくれたら、少し幸せだなあと思う。そしてそのまま意識を手放してから1時間後。恭弥くんはぽつりと呟いた。


「人の気も知らないで」


なんとわたしの腕はまるで抱き枕に抱きつくかのように恭弥くんの頭に絡みつき、彼の頭を抱え込むようにして眠っていたのだが、当然わたしが知る由もない。心なしか照れた彼の表情が見られなかったのは本当に残念だが、朝目が覚めた時変わらず恭弥くんが隣に居てくれたのでオールオッケーである。

(10.1029)




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