どうやら今日のなまえさんにはたっぷりと仕事が残っているらしい。それはもうあの素晴らしすぎる土日のぐうたらぶりも許されるだろうと思えるほどの仕事量だ。

そのため帰宅したというのにその姿は恐らく会社に居る姿と大差ない。ただ格好がラフな部屋着にチェンジされ、メイクが落とされたという点だけが唯一の違いである。

しかしよくドラマで見かけるような「げー仕事かー」といった様子とは違い、何故か彼女は「よっしゃーやるぞー!」と奇妙なやる気に満ち溢れていた。本当にその部長とやらに相当の感謝の念を抱いているらしい。夕飯を食べ終わるとすぐさま部長の為に尽力する!と嬉しそうにパソコンの電源を入れていた。

まったく、これだけ部下に慕われたならば上司も冥利に尽きるといったところだろう。どんな人間か見てみたいものである。

だがしかし本当に仕事量が半端じゃない。企画が通ったと言っていたし、その責任者となるのもなまえさんなのだろうが、まさかここまで膨大な仕事量を任されるだなんて。


「今日1日でそれだけの仕事量をこなすつもり?」

「勿論!」

「明日眠くならないの?」

「眠いよ、でもさ、せっかく部長が任せてくれた仕事なんだから、疎かにしたくないじゃんか」


えへへと笑う彼女の笑顔にふっと肩の力が抜けた。なんて純粋なひとなんだろうか。これだけ頑張ろうとしているのだから、邪魔をするなんて邪道だろう。僕は何も言わずコーヒーを淹れると、テーブルの上の邪魔にならないところに置いた。

それに彼女は満面の笑顔で「ありがとう」と返事をし、またもカチャカチャとキーボードを叩き始めた。どうやらそこそこ効率はいいらしい。あれだけ膨大だった仕事も1時間2時間と経つうちに着実に減ってきている。すると彼女はさすがに同じ姿勢で居続けるのに疲れたのか、大きく伸びをした。ポキポキと骨が軋む軽快な音がする。疲労困憊、その言葉が似合いそうな状況だというのに、それにそぐわず彼女の表情は何故か満ち足りたものだった。

伸ばした状態の両腕を軽く掴み、後ろからゆっくり引っ張ってやると気持ちよさそうになまえさんは目を細めた。


「どう?調子は」

「ん、いい感じだよ。それより恭弥くんもう夜遅いし寝ちゃっていいよ、明日眠くなるでしょ」

「僕はいいよ、どうせ家にずっと居るし好きなだけ昼寝するから」

「あっはは、それもそうだね!なんかちょっと羨ましいな〜」

「どうする?お風呂沸かそうか?」

「うん、頼むー」


力なくへらりと笑うなまえさんを置いて風呂場へと向かう。今日は彼女の気に入りだという入浴剤を入れておこう。きっと気分も和みいい気分転換になるはずだ。

するとリビングからカチャカチャとまたもキーボードを叩く音が聞こえてきた。たったあれだけの休憩でもう仕事に戻ったらしい。本当によく頑張るひとだ。まだ一緒に過ごして数日だが、彼女に対して相当な好印象を持っている自分に気がついた。純真無垢で天真爛漫でそれでいて努力家で媚びたところもなく素直。子どものようでいてしっかりした一面も持ち合わせている。


「ワオ、結構僕、あのひとのこと気に入ってるんだ」


まさか自分がそんなにしっかりなまえさんのことを見ているだなんて思いもしなかった。クツクツと笑いながらリビングに戻ると、なまえさんはやはり書類と格闘していて、その健気な姿に更に彼女のイメージは上がっていく。

そして暫くしてどうやら仕事を終えたらしい彼女は大きく伸びをして、嬉しそうに「終わったぁぁぁ」と感嘆の声を漏らした。パソコンの電源を切り歓喜に打ち震える彼女の頭をよしよしと撫でてやると、風呂場へと誘導する。
それから(今にも寝そうだったため)早く風呂から上がるように注意しておき、本当に早く風呂からでてきたなまえさんはぼすんとソファーに座り込んだ。
しかしちゃんとシャンプーリンスボディーソープなどの当たり前のことはきちんとしてきたようで、ほのかに香るシャンプーの香りに一瞬どきりと胸が高鳴った。うっすらと赤く火照った頬がいつもにはない色気を漂わせている。おまけに眠たいのか目はとろんと潤んでいる。

(そんなわけない)

言い聞かせるように自分に唱え続ける。そんなわけない。僕が、なまえさんを。


「ねえ恭弥くん」

「何?」

「コーヒーありがとうね、すっごく助かった」

「別に僕は何も」

「恭弥くん、いっつもありがとう」


それだけ呟くと、なまえさんはそのまますとんと、そうまるで落ちるように眠ってしまったらしい。

僕の肩に頭をもたれさせて、すやすやと健やかな寝息を立てる彼女を姫抱きにしてソファーから立ち上がる。このままソファーに寝かせておけば必ず風邪を引くだろうし、正直なまえさんを運ぶくらい何てことはない。だが、1つだけ言いたい事がある。


「いくら僕が幽霊だからって無頓着すぎ」


そんな僕の呟きが眠りこけているなまえさんに届くはずもない。まるで子どもみたいな寝顔で眠るなまえさんを寝室まで運び、なるべく衝撃を与えないようにベッドへと下ろす。

それから彼女の髪を軽く梳いてやると、彼女は気持ちよさそうに口元を綻ばせた。ああ、本当にまったくこのひとは。


「僕が生身の男だったら襲ってるところだ」


そんなことはないと否定する事はもう出来なかった。
僕は、なまえさんが


「可愛い」


好きだ。


(10.1023)




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