第二十四章
  ピノッキオは『働きバチがんばり屋』の島に流れ着いて妖精さまを見つける

 ピノッキオ、彼はかわいそうな我が父を助けるのに間に合う、という希望から活力を得て、一晩じゅう泳ぎました。
 その夜はなんと吐き気を催すほど ぞっとする恐ろしい闇夜であったことか!大雨が降り、ひょう が降り、ゼウスはいくつもの稲光とともにものスゲエ雷鳴を轟かせるものだから明るくて、まるで昼間のようでした。

 朝日が昇ると、ちょっと離れたところに細長いリボン状の大地をなんとか見ることが出来ました。それは海の真ん中にある島でした。

 それからピノッキオはこの浜辺に到達するべく全力を尽くしました。けれど無益や。なみ 鬼ごっこ追いかけっこをしながら層を成して絡みついてくるので、なみらは人形を波間に揺すったならば、人形は枯れた細枝か麦わらの糸のように扱われてしまうのです。最終的に、まあ幸運にも、えぐいほど横暴かつ猛烈な波打ちが一丁いっちょうやって来て、そいつが人形の体を岸辺の砂に力いっぱい叩きつけました。

 その打撃のなんと頑強であったことか、地面に叩きつけられ、全肋骨ぜんろっこつ全関節ぜんかんせつがポコポコと音を立てました。けれど、奴はすぐにこの言葉で自分を爽やかにさせました。

「今度もまた美しく逃げたぜ!」

 そうしている間に空はだんだん澄みわたってゆきまして、太陽は目の覚める輝きを外に出して来ましたし、海は非常に穏やかになり、オリーブオイルのようにくなりました。

 そのとき人形は自分の服を乾かすために、太陽の前にそれを広げてから、こちらや あちらを眺めてみたのでした、それはあの計り知れないほど広大な水面の上に、小さな男性ちゃんを乗せたあの小さな小舟を見つけられるかもしれないっていう場合のために。けれども、よくよく眺めたあとで、前方には大空と、海と、いくつかの貨物船の以外には何も見えず、それもあまりにもはるか彼方であり、まるでハエのように見えました。

「せめて、この島の名前でも知っていればなあ」

 と言いながらピノッキオは行きました。

「せめて、この島に礼儀正しく上品な人々が住んでいるか知っていたらいいのだが、礼儀正しく上品な人々というのは、子供こどもズを木の枝にしばり付ける悪習のない人々だと言いたいが、それをいったい誰に尋ねたら良いのやら、ここに誰もいないのだから、いったい誰に……?」

 広大な無人国家のまん中で、ただひとり、ただひとり、ただひとりで、自分だけがいる、という考えはピノッキオにとてもたくさんの憂鬱という名の穀類こくるいを背負わせたので、そこで、そこで、人形は泣いちゃった。ほぼ全く突然、岸から少しぱかし離れたところを何らかの線が通り過ぎるのが見え、それは大きな魚で、水の平穏の中で頭を水上に出して泳ぎ漂っているのでした。

 それの名をどう呼べばいいか分かりませんでしたが、人形は大きな高い声で聞こえるように呼びかけました。

Ehiえぇぃ、魚さん、ちょっと ひとこと許してくれないか?」

ふたこと・・・・ でもいいよ」

 と、サカナが答え……というかイルカなのですが、こんなに丁寧かつ上品なイルカはこの世界の全ての海でもなかなか見つからないでしょうね。

「ぼくはこの島で、食べられる危険性なしに食べられるところがあったら教えてもらえると嬉しいのだよね?」

「確実にありますよ」とイルカが答えました。

「もっとハッキリ言いますなら、ここからほんの少し行ったところで見つかるでしょう」

「そこに行くにはどの道だい?」

「そこの田舎道を左回りに行くのです、そしてきみの鼻が示すとおりに、ずっと真っ直ぐ進む。これできみは迷子にならないよ」

「他のこともおっしゃって下さいまし。イルカ様あなたさまは昼間じゅう、夜じゅう、海にいらしているのだから、ぼくのお父さんを中に乗せた小さな小舟ちゃんに出会うなんてことなかった?」

「きみのお父さんって誰だい?」

「この世でもそうとう可哀想なお父さんなのだ、ぼくのような邪悪な息子 せがれ を持ってしまったから」

「この晩に起きた シケ で──」とイルカが言いました。
「小舟ちゃんはきっと水の底に沈んだでしょう」

「じゃあぼくのお父さんは?」

「そのときに、血も涙もない恐ろしい魚犬 サメ に飲み込まれたのでしょうよ、この魚犬 サメ は数日前に私たちの水の世界に悲痛の荒廃と殲滅せんめつをまき散らすためにやって来たのです」

「その魚犬 サメ っていうのは すこだますごく参考)大きいの?」
 ピノッキオは早くも恐怖から震え始め、尋ねました。

「大きいでしょうよ!」とイルカが返事をしました。

「きみも考えられるでしょうが、言って差し上げましょう、それは五階建ての共同住宅よりもずっと大きくて、火のついた機械が走る鉄の道と列車車両がまるごとゆったり入ってしまうほど広くて深い、汚らしい口を持っているのです」

Mamma miaうああなんということだぁ!」

 人形は恐怖に満ちて叫びました。それから怒涛にあわて急いで服を着てからイルカの方を向いてこう言いました。

「さようならサカナ殿、厄介をおかけしたこと許してゴメン&あなたの上品さ、丁寧さに千度せんど感謝いたします」

 そう言うやいなや、彼はすぐに田舎の小道をゆき、早足で歩いてゆき、ほんと早足だから、ほぼ走っていたように見えました。すると、小さなガヤガヤいう音が聞こえたので、すぐに後ろを振り向いて見ました、それはあの建物五階建てサイズで口の中に岩壁鉄道の列車を走らせている恐ろしい魚犬サメを恐れていたからでした。

 三十分ほど歩くと、『働きバチがんばり屋の国』と呼ばれている小さな村落に着きました。そこの道は、自分の仕事のためにあっちこっちへ走り回っている人であふれ返っていました。誰もが働いていて、誰もがいくつかのやるべきことを持っていました。そこには無為怠むいなまけ者や、浮浪ふろう住所不定者といったのは、草の根を分けて探してもおりませんでした。

「完全に理解した」

 かの、のらくら 怠け者であるピノッキオはすぐにこう言いました。

「この国はぼく用に作られていない!Not for me! ぼくは働くために生まれついたわけではないわ!」

 その間も、飢えは彼を苦しめる。だって今はもう何も食べないで二十四時間が過ぎたんですものね。牧草カラスノエンドウの一品料理すら食べていません。

 何をするか?

 ピノッキオがこの断食を解く方法は二つだけありました。それは いくばくかの仕事をさせてもらうか、もしくは心の糧パンひとくち分の小銭を おめぐみ いただくか。

 おめぐみ をいただくというのは、彼にとっては恥ずかしかった、というのも、彼のお父さんはいつもこのように唱導お説教していたからです、おめぐみほどこしをいただけるのに適した人というのは、老人か病人だけである、とね。
 この世界のほんとうの物乞い乞食ものごいこじきの人は、真に哀れみと救済活動を受けるにふさわしく、他はアカンからな、加齢や病気のせいで、自分の手で稼ぎパンを得ることが出来ないと宣告されたときにするもんだ、と。そうじゃない奴はみんな働く義務を持っておる、働かないなら飢えの苦痛に耐え、さらに身持ちを悪くしていけ。

 そうこうするうちに、道に一人の男が通りかかり、その男は全身を汗ばんで息を切らし、石炭を積んだ二台の大きな荷車にぐるまズを引っ張っている者でした。

 ピノッキオはこの男を人相学的に判断すると善い人であろうと思い、近づいていってから、ちと恥ずかしに目を伏せつつ、その男にひそひそ小声で話しかけました。

「神の愛がございましたらね、ぼくに小銭をくださいませんか、だってね、ぼくは飢えで死を感じているんだよ?」

「小銭一枚だけではやらん」と炭屋すみやの男は返事をしました。「だが、きみが私を手助けしてくれて、この二台の石炭荷車せきたんにぐるまズを家まで引っ張ってくれる取り決めをしたなら、小銭を四枚やろう」

「驚かせらァな!」と人形は侮辱されたように思って返しました、

「きみらの秩序 都合 のために、ぼくは絶対にロバ役なんてするものかよ。荷車なんて引いたことないもの……!」

「きみにより善くあれ!」と炭屋の男は言いました。

「それではね、ぼくのボーイフレンドくん、もしきみが本当に飢えで死を感じてるならよ、きみの横柄 尊大 自負プライドを二枚に美しくスライスして食べてから、食当たりに気を付けるこったな」

 その数分後に、れんが積みこうの男が双肩そうけんにモルタル石灰せっかいのかごを携えて、通りを過ぎてゆきました。

「そこのだんな、神の愛がございましたら、食欲に耐えかねて あくびをしているかわいそうな男の子 ぼく に小銭をくれなよな」

「ハイヨロコンデ。おいで、私と一緒にモルタル石灰せっかいを運ぼう」と れんが積み工の男は答えました。

「そうすりゃあ、小銭一枚どころか、きみに五枚あげちゃうよ!」

「マテヨ、石灰モルタル目方めかたは いかほどだ?」

 とピノッキオが言いました。

「ぼくはさ、骨折り仕事 努力 に耐え続けたくないんだよね」

「骨折り努力仕事をしたくないんだったらな、ボーイフレンドくん、あくび をぜひ楽しんでくれたまえ、幸運をお祈りするぞ!」

 三十分間で二十人が通り過ぎてゆきました。その全員にピノッキオは おめぐみ施しをねだりましたが、その全員がこう答えるのです。

「お前、恥ずかしくないのけ?道でなまけ ぐうたらするぐらいならよ、それよりむしろ、ちょっとでも仕事を探すとか、 パン を稼ぐことを覚えようとかしろし!」

 最後に、き女が水の入った二つの水差しを持って通りすがりました。

「あなたたちに叶えたもう、善き女さんよ、あなたの水差しから水をひとくち、ぼくにくださりませんか?」

 とピノッキオは言いました。だって彼は渇きによってヒリヒリに干上ひあがっていたのです。

「飲むがいいよ、私のボーイフレンドくん!」と女ちゃんは言って、二つの水差しズを地面に下ろしてゆきました。

 ピノッキオは海綿体動物のように飲み干し始めてゆき、乾燥しきった口から出る低い声でガボガボ音を立てました。

「のどの渇きが清められたぁ〜〜! 空腹も清められればなぁ……!」

 善き女ちゃんは、この言葉ことばズを開くと、すぐにこう付け足して言いました。

「もしあなたがこの水の入った壺を家まで運ぶのを手伝ってくれたら、美しい心の糧パンをあげよう」

 ピノッキオは水差しの壺を見ましてハイともNo イイエ とも答えませんでした。

「では、パンと一緒にオリーブオイルとビネガー酢で味付けした花キャベツカリフラワーもお付けしよう」

 と、善き女ちゃんは言い足しました。

 ピノッキオは水差しの壺をちらっと見ると、ハイともNoイイエとも答えませんでした。

「じゃあよ、花キャベツカリフラワーをあげた後にロゾリオ酒にいっぱい漬けた砂糖菓子もやるわ」

 この究極的な逸品ごちそうの誘惑によって、ピノッキオは抗う術を知りませんでしたから、ゆるぎない魂を持ってこう言いました。

「忍耐かぁ〜〜!!水差し壺様ズを家までお運びしましょう!」

 水差し壺はひどい重さだったので、人形はそれを手で持つ耐久がなく、頭で壺を運ぶ形に移行して運びました。

 家に着くと、善き女ちゃんはピノッキオをちゃんと準備したテーブルのところに腰かけさせてから、心の糧パンと良く味付けされた花キャベツカリフラワーと砂糖菓子を置きました。

 ピノッキオは食べませんでしたが、それはガツガツとむさぼり頬張りました、と言うのが正しいからだ。彼の胃は、まるで五ヶ月ものあいだ人の住んでいないままにされた田舎の家じぇんごのえ参考)のようになっていたのでした。

 怒り狂ったような激しい飢えが一口ひとくちごとに少しずつ鎮まっていったところで、ピノッキオは恵みの恩人にお礼を伝えるために頭を上げました。けれども、そのまま顔を見つめたまま止まってしまって、とても長く響いた「Ohhh……!!」という どでしおどろき の声を上げ(参考)、魔法にかけられたように、そこに固められてしまったので、フォークもくうをさまよったまま、口はパンと花キャベツカリフラワーでいっぱいのままでした。

「何に驚いたんだい?」
 と、善き女ちゃんは笑いながら言いました。

「あなた様……」とピノッキオがどもりながら、たどたどしく話します。

「あなた……あなた様……は……、ぼくには、あなたがそっくりだったんだ……あなた様で、確かに思い出せた……Sì, Sì, Sì, そうだ、そうだ、そうだ同じ声……同じ瞳……同じ髪……あなたも紺碧の髪なんだ……彼女と一緒で……!おお、ぼくの妖精さま……!なぜあなたがここにいるのか教えてよ……!もうぼくは泣かなくていいんだ!あなただと知っていれば……!たくさん泣いた、たくさん泣いたんだよ……!!」

 このように言ってから、ピノッキオははなはだ おびただしく泣いて、両足ヒザを地面に投げ出してひざまずくと、その神秘の謎につつまれた女さまの ひざ に絡みつきました。


-----------------------
※訳者注釈……本文中でトスカーナ方言で書かれていた箇所は、日本語にする際に秋田弁で表記してみました。参考元サイトさま:秋田弁講座


◆出典元
『ピノッキオの冒険』 AVVENTURE DI PINOCCHIO
作   カルロ・コッローディ Carlo Collodi
出版社 Felice Paggi Libraio-Editore  出版年 1883年
- ナノ -