同窓会
(side:K)



 そわそわしてどこか落ち着かない様子のマイコと、それとは対照的に落ち着き払っているジンを連れて、僕は同窓会会場へと向かった。
 不要だと言ったホテルマンの代わりに、会場の扉を開ける。途端、中で全員が揃うのを待っている同級生達の声が、廊下へと流れていった。
「う、わぁ……すごい」
「本格的だな」
「全部、アヤカがデザインしたんだよ」
 マイコはさっきまでの緊張が嘘のように、目をキラキラと輝かせて天井で光るシャンデリアを見詰めている。テーブルにはアヤカのデザインしたテーブルクロスが掛けられ、ちょっとした立食パーティーのようになっており、何だか自分がセレブになったような……そんな気分が味わえそうだ。
 ジンは自分の服装が場違いなことを気にしているのか、気まずそうに俯いていた。
「なぁ、キョウスケ……」
「何だい、ジン?」
 俯いたまま、ジンが不安そうに声を掛けてくる。僕は彼が何を言おうとしているか大体の見当はついていたが、敢えて聞く姿勢を取った。
「俺と、マイコの服なんだけどよ。……場違いすぎやしねぇ?」
「あ、そうだよね……『私服でいい』って書いてたから、あたし……普段着で来ちゃったんだけど……駄目かな?」
 ジンの質問に便乗するマイコ。彼女も服装のことは気になっていたのだろう。僕が着ているのはスーツだから、尚更心配になったのだ。
 僕が正装しているのに、自分達は私服でいいのか……そう思ったのだろう。
 何だかおかしくて、僕は思わずくすっと笑ってしまった。
「笑うなよ、気にしてんだからよ」
「そうだよ、キョウスケ!」
 ムキになって反論する二人を見て、ますますおかしくなる。やっぱり、この二人は息がピッタリだな……と感心しながら、僕は一頻り笑った。
「ごめん、そんなこと気にしなくてもいいのに、二人ともムキになるから……おかしくて、つい」
「もう……」
 むくれてみせるマイコ。そんな彼女の頭をポンポンと優しく叩きながら、ジンは目で「どうなんだ?」と訊いてくる。
「……大丈夫だよ。正装してるのは僕とアヤカだけだから。他の同級生も、ケンジも……皆、私服だよ」
「えっ……? ケンジ、もう来てるの?」
「うん。君達より一足早く、ね。今は、トイレに行ってるんじゃないかな」
 ケンジというのは幼馴染みの一人だ。家族のいない彼は苦労したせいか、かなり荒んだ生活を送っているらしく、今日の服装は参加者の中でも、この会場に一番不釣合いなものとなっている。
 だから彼を見たら、マイコもジンも、安心するだろう。
 ……ケンジには失礼だが。
「さ、テーブルに案内するよ。……アヤカの友人である僕らには……ちょっと特別な席を用意してるから、ね……」

 久しぶりに再会したから懐かしいのだろう、同級生達に「久しぶり」と声を掛けながら、マイコ達は僕についてきた。そして壇上に一番近いテーブルに着くと、立ち止まって「どうぞ、椅子はないけど」と笑ってみせる。
「あれ? あたし達のテーブルクロスだけ、他のテーブルのとは違うんじゃない?」
 綺麗なテーブルクロスをしっかりと見ていたらしいマイコが、鋭い質問を投げ掛けてくる。ジンは全く関心がなかったのか、「そうなのか?」と目を見開いていた。
「マイコ、鋭いね。ジン、君は作家なのに……観察力が足りないんじゃないかい?」
「……悪かったな」
 ムスッとするジン。そんなジンを見て、マイコは悪戯っぽく笑った。
「まだまだ作家の卵なのよね、ジン?」
「あぁそうだよ。売れない作家の卵だよ。見てろ、いつかベストセラー作家になってやるからな」
「期待してるよ。これでも僕は、君の作品の数少ないファンだからね」
「……数少ない、は余計だ!」
 怒りながらもやはり嬉しいのだろう、ジンは照れくさそうに言った。
「で、テーブルクロスなんだけど」
 話を戻そうと、マイコがぽつり、と零す。僕は思い出したかのように頷くと、
「僕らのだけ、特別なものだよ」
 と、微笑みながら答えてやった。
「見て。これ、何かわかるかい?」
 すっとテーブルクロスを指でなぞる。そこを覗き込むようにして、マイコとジンは身を乗り出した。
「……あ、これって……」
「彼岸花をあしらってあるんだ。これも、アヤカデザイン」
 さすがに赤で刺繍してしまうと鮮やかすぎるので、白となっているが……彼岸花であることに間違いはない。
「すごーい、綺麗!」
「招待状といい、テーブルクロスといい……手が込んでるな。お前も手伝ったんだろ、キョウスケ?」
「うん。婚約者として、大切な彼女の力になりたかったからね」
 照れもせずにそうはっきり言うと、ジンが「妬けるねぇ」と呟いた。
「そういえば、アヤカは? まだ姿が見えないけど……」
「ホテルの従業員と打ち合わせしてるんだよ。そろそろ来てもいいんじゃないかな。……ケンジも、もう戻ってきてもいい頃なんだけど」
 と、僕が言ったその時。
 真っ赤なドレスに身を包んだ、僕の愛しい人が姿を現した。

「マイコ! ジン!」
「アヤカ!」
 彼岸花のような、鮮やかな赤いドレスを翻し、アヤカがこちらに向かってくる。走りたい気持ちでいっぱいなのだろうが、それは無理だった。
 彼女は足が悪い。そのため、片足を少し、引きずってしまうのだ。速く走ることも出来ない、少々不自由な身……。
「久しぶり、マイコ……! 変わらないのね」
「アヤカこそ、相変わらず綺麗!」
 きゃあきゃあと再会を喜ぶ女性二人。
 明るい活発なイメージのあるさっぱりとしたマイコと、長い髪をふわふわと揺らす上品なアヤカ。
 お互い、全く別の世界の人間のようだが、仲は良かった。
「ジンも元気そうね。仕事はどう?」
「あぁ、アヤカも元気そうで何より。仕事は……聞かないでくれ」
「そうはいかないわ。私も、あなたの数少ないファンなんだから」
「……お前まで『数少ない』って言うか……」
「ふふ。あとでサインちょうだいね。本を用意しているから」
 アヤカに悪態をついてもさらりと流されてしまう──それがわかっているからか、ジンは彼女にはムキにならない。
 僕もどちらかというとさらりと流す方なのだが、ムキになった方が僕が楽しむ──ということがわかっているのだろう、ジンは、僕に対してはわざとムキになる。
「あら、キョウスケ……ケンジはどこに行ったの?」
「さぁ……『トイレに行く』って言ってたから、もう戻ってきてもいいはずなんだけど」
「……そう。もうあと十分程で始めるから、呼んできてくれないかしら?」
「その必要はねぇよ」

 アヤカが僕に頼んだとほぼ同時に──低く、それでいて軽い口調の、男の声が降ってきた。
 僕らの輪が、一瞬──シンとなる。

「よぉ。皆さんお揃いで」
 声をした方に、一斉に振り向く。
 そこには、髪をド派手に染めた、いかにも大人になりきれていない不良、といった格好をした男が立っていた。
 真っ黒なタンクトップと傷のついた靴が、シャンデリアの光を映し、テカテカと光っている。
「ケ、ケンジ?」
「おうよ」
「ひ、久しぶりだね……」
 マイコがケンジにどこか気まずそうに挨拶すると、それに倣ってジンも「久しぶり」と小声で挨拶した。
「長かったな、ケンジ」
「あ? あぁ、ちょっと電話してたんだよ。……それよりアヤカお嬢様よぉ、同窓会はまだ始まんねぇのかよ? オレ、腹減ってんだよね」
 アヤカは無表情で、しばしの間、ケンジをじっと見詰めていたが、すぐにふっと微笑みを取り戻し、
「もう始めましょうか、キョウスケ」
 と、僕にその微笑みを向けた。
「……そうだね。予定よりちょっと早いけど……全員、揃ったしね」
 僕は苦笑しながら、アヤカの白い手を取った。
「それでは、皆。……今日は楽しんでいってちょうだい」
 アヤカは、彼女独特の妖艶な笑みを、マイコ、ジン──そしてケンジに向けてそう言った。

 乾杯をし、担任教師達の長い演説を終え、やっと自由に談笑する時間ができた。
 壇上にいたアヤカと僕も、自分達のテーブルに戻る。そこには既にワインを飲んで寛ぐジンが、そしてひたすら食べるケンジの姿が。
 僕はリラックスしきった彼らを見て、心が温かくなった。皆が楽しんでくれている、よかった……と。
「……マイコ?」
 隣を歩くアヤカが、心配そうな声でマイコの名を呼んだ。気になってマイコの姿を捜すと、ジンやケンジから少し離れた場所で、ちびちびとシャンパンを飲んでいる彼女を見つけた。
「……元気ないみたいだね、マイコ」
「……どうしたのかしら?」
 アヤカはすっと僕の前を通り、暗い顔で立つマイコの傍へ向かった。
「マイコ。どうしたの? 元気がないわ」
「……え? そ、そんなことないよ。大丈夫!」
「具合でも悪いの?」
「ううん。そうじゃないの。ちょっと疲れてるんだ。最近、仕事が忙しくて」
 アヤカに向かって必死に笑おうとするマイコ。アヤカの後ろからマイコの顔色を窺ってみる。……確かに少し、疲れているように見えた。
「そうなんだ……辛くなったら、言ってね」
「うん、ありがとう……アヤカ」
 マイコは薄く笑うと、ケンジと話しながら食事しているジンの傍へと、静かに歩み寄っていった。

「へぇ、マイコは子供服を売ってるんだね」
「うん。……まだまだ未熟な店員だけどね」
 落ち着いたマイコを交え、僕らは互いの仕事について話をしていた。
「大変だけど、楽しいんだぁ。子供とも仲良くなっちゃったりして、ね」
 さっきまでの暗い表情は完全に吹き飛んだようで、マイコは明るく、幸せそうに笑っていた。
「キョウスケは? 何の仕事してるの?」
「キョウスケは、私のお父様の跡を継ぐのよ」
 僕に対しての質問だったのだが、アヤカが横から自慢げに答えた。僕が自分の婚約者であることを主張したいのだろう。
「え、じゃあ……次期社長!?」
「まぁ、そういうことになるね」
「すっごーい!」
 きゃあきゃあと興奮するマイコ。その隣では、憂鬱そうに溜息を吐くジンが。
「ケンジは? ケンジは何してるの?」
 暗いジンに気付かないマイコが、行儀悪くテーブルに腰掛けるケンジに声を掛けた。するとケンジはじろり、と彼女を睨み、ただ一言、
「無職」
 と、はっきりとした口調で答えた。
「大学出た後、就職はしたんだけどよ。辞めちまった。そっからずっとフラフラしてんぜ。バイトしては辞め、の繰り返しだ」
「ふぅん……」
 また、気まずい沈黙が訪れる。どんよりとした空気。それがこの会場全体を包み込んでしまう前に、僕はジンに声を掛けた。
「ジンは作家なんだよね」
「……へっ? あ、あぁ」
 ジンが作家であるということは、ケンジを除く、全員が知っていることだ。が、この重い空気を消すために、僕は敢えてジンに話題を投げかけた。
「へぇ。作家先生かよ、お前!」
 ケンジがその話題に食いつく。どうやらうまくいったようだ。重い空気が、少しだけ軽くなったような気がする。
「どんな作品を書いてんだ?」
「……ホラーだよ。売れないホラー作家!」
 味わって飲むものであるワインをぐっと一気飲みするジン。「売れない」ということをよほど気にしているのだろう、自棄になっているように見えた。
「でも、最近……新刊出さないわよね。どうしたの? 私もキョウスケも、楽しみにしてるのよ?」
 アヤカが上品にグラスを傾けながら、残念そうに問う。
「……ネタが浮かばねぇんだよ」
 がしがしと髪を掻き、悔しそうに呻くジン。スランプなのだろうか、筆が進まないらしい。
 そんなジンを心配する素振りを見せないケンジは、ポケットからライターと煙草を取り出し、吸おうとした。
「ちょっとケンジ! ここは禁煙よ」
 それに気付いたアヤカが牽制する。が、ケンジは煙草を咥え、火をつけた。
「ケンジ!」
「うるっせぇなぁ。いいじゃねぇか」
 ぷはぁ、と煙を吐く。アヤカの美眉が、ぐっと眉間に寄った。その時、僕に彼女の怒りが乗り移ったかのように──僕は、怒りの衝動に駆られた。ふつふつと、心が沸騰する。
「ケンジ、今すぐここから……」
 出ていって、と言おうとしたアヤカを遮り、僕はケンジの煙草を手でぱっと奪い取った。
 そして、手で煙草の火を消す。
「キョ、キョウスケ!」
 マイコが声を上げ、ジンがケンジの頭を叩く。「いてぇ!」とケンジはジンを睨むが、睨み返され、ぐっと黙り込んだ。
「キョウスケ……! 火傷してない!?」
 僕の手を取り、煙草を握り潰した掌を見るアヤカ。少し黒くなっていたが、不思議と痛みはなかった。
「大丈夫だよ、これくらい」
「駄目よ。冷やさなきゃ。手を洗いに行きましょう」
「平気だって」
「嫌なのよ! あなたの……私の愛するこの手が、傷付くのを見たくないの……。お願いキョウスケ、冷やしてきて」
「……アヤカ」
 泣きそうな声でそこまで言われてしまったら、断ることはできなかった。僕はわかったよ、と心の中で言いながら、席を外した。

 トイレには誰もいなかった。
 僕は洗面台の前に立ち、手を蛇口に翳す。センサーが反応し、水がサァッと音を立てながらどんどん出てきた。
 そこに患部を晒し、冷やす。ホテル内だから暑いことはないが、それでも冷たい水は気持ちがよかった。
 しばらく水を見詰めていたが、ふと眼前の鏡に視線を向ける。
 そこには、いつも通りの僕の顔が映っていた。
(変わらないな、僕は……)
 自嘲めいた笑みが自然に零れる。
 大人になろうと、アヤカと婚約しようと、幼馴染みと再会しようと、心に影が差そうとも──全く変わらない僕。
 そんな自分に、喜びが湧き上がる。
「……さて」
 手は十分に冷やした。僕はアヤカに貰ったハンカチで手を拭くと、会場へと足を向けた。

 僕がテーブルに戻ると、マイコ達はジンの仕事について真剣に話し合っていた。
 僕にいち早く気付いたアヤカだけが、僕の手を見てほっとした顔をしてくれた。彼女に微笑み掛けると、僕はマイコ達の輪の中へ入っていく。
「だから、ネタがないんだって!」
「探せばいいじゃない。取材に行くとかさぁ」
「……どこに行けってんだよ」
「うーん、心霊スポットとか?」
 マイコの提案に、アヤカが賛同する。
「いいじゃない、それ。心霊スポットにでも行って、幽霊でも見てくればいいのよ」
「……何を言い出すんだ、このお嬢様は」
 ジンがわざとらしく後ずさりする。ジンはホラー作家でありながら、幽霊の存在を信じてはいないのだろうか。
 ちなみに、アヤカは信じているらしい。亡くなった祖母の幽霊を、たまに見るのだ──と、僕にだけ零したことがある。
「……それによぉ。心霊スポットって、何かよぉ」
 ぶつぶつとはっきりしないジン。そんなジンを見て、マイコはくすり、と笑った。
「怖いんだ! 幽霊を信じてないくせに」
「……う、五月蝿ぇな。じゃあお前は平気なのかよ?」
「えっ!? あ、あたしは……」
 マイコもジンをからかってはいるものの、心霊スポットは怖いのだろう。顔を赤くし、もごもごと言葉を口の中で咀嚼する。
 そんな二人を、ケンジは黙ってニヤニヤと見詰めていた。
「そうだわ!」
 突然、アヤカが大きな声を出し、手を叩いた。綺麗な顔が、キラキラと輝いている。何か思いついたのだろう。
「今度、皆で私の新しい別荘に来ない?」
「別荘?」
「えぇ。買ったの。ある山奥に、ね……」
 ちら、と僕の顔を一瞥し、僕に説明するように訴えるアヤカ。僕は頷くと、話を始めた。
「とても綺麗なところだよ。緑が美しく、澄んだ川が流れているところにあるんだ。温泉もあるし、テニスコートもある。このアヤカが一目見て気に入った場所だ。間違いはないよ」
「温泉!? いいなそれ、俺、行きたい!」
 ジンがまず、真っ先に手を挙げた。
「……タダなのかよ?」
「もちろんよ」
 お金がかからない──ということを確かめてから、ケンジも行く、と手を挙げる。
 参加表明した彼らを確認してから、僕は説明を付け加えた。
「あ、そうそう。その別荘の近くに、廃寺があるんだけど」
「廃寺?」
 ケンジがまるで不審なものを見るかのように、目を細める。
「そう、誰もいない廃寺。そこには、怖い怖い、恐ろしい怪談が伝わってるんだ」
「か、怪談……?」
 不安そうな声を絞り出したのはマイコだ。そういった話は苦手なのだろう、顔色が少し悪くなっている。
「うん。……その廃寺こそ、心霊スポットなんだよ」
「だから、皆でそこへ行って……肝試しでもしない? そうすれば、ジンもいいホラー小説が書けるかもしれないわよ?」
「……う……」
 心霊スポット、と聞いて挙げていた手を下ろしかけたジンだったが、皆で行けるなら……と、渋々了解した。
「マイコは? どうするの?」
 手を挙げようか悩んでいるマイコに、優しく声を掛けるアヤカ。マイコはまだ迷っているようだった。
「大丈夫だよ、マイコ。何かあったら、ジンが守ってくれるさ」
「え、俺が守るのか?」
 半分冗談で言ったのだが、マイコは上目使いでジンを見ながら、
「……守ってくれる?」
 と、甘えるように言った。……マイコのことだ、わざとではない。無意識だろう。
「……わ、わかった。お前は俺が守ってやる」
 顔を赤らめたジンは、照れくさそうに、だが男らしくそう答えた。
 そんな様子を見て僕は、どうしてこの二人は恋人同士になれないんだろう──と不思議に思った。
「……じゃあ、あたしも行く」
「決まりね!」
 人一倍嬉しそうに、アヤカが手を叩く。
 そしてひらり、と真っ赤なドレスの裾をたなびかせながら、再び妖艶に微笑んだ。
「楽しみだわ。……ねぇ、キョウスケ」
「……そうだね」
 アヤカの瞳に静かに燃える炎を見た気がしたが、僕はそれ以上、何も言えなかった。





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