招待状
(side:M)



 いつもながら律儀だと思う。

 普通、同窓会のお知らせで送るものなんて、真っ白の往復はがきに同じ文字をコピーする、色気も味気のないものが主流だろう。
 だけど今、あたしの手元にあるものは、そんなものとはかけ離れた豪華さを持ち合わせているのだ。
 綺麗な薄桃色のはがきに、これまた綺麗な和紙で作ってある真っ赤な彼岸花がそこらじゅうに咲き乱れ、そこに一文字一文字丁寧に手書きで、同窓会のお知らせが書かれていた。
 大体、今なんて文明の利器である携帯やパソコンで同窓会のお知らせをメールにして送るという簡単な手段もあるのに、わざわざはがきだなんて、本当に古風だ。
 だけど、品のある古風なのだから、もらって悪い気はしない。
 それに、コレを送ってきた相手は、一人でコレを作った訳じゃないだろうし。
 そんな事を無言で考えながら歩いていたが、じんわりと額に汗が滲むのを感じて、急いではがきをカバンの中に突っ込むと、代わりにハンカチを出し、汗を拭う。
「今日も暑いな……」
 空を見上げ、ポツリと呟く。
 一人で歩いている以上、誰も賛同してくれるものがいないのは分かっているが、どうしても呟きたくなる。
 それに、暑いって事に対して、よく理解しているセミが、大声で鳴いているのだから、これはあたしの意見に賛同してくれているのかもしれない。
 空から視線を下ろし、目の前を見ると、そこにはガラス張りの小さな花屋がポツンと立っていた。
 色とりどりの花がガラス越しから見える中、そのガラスにあたしの顔がぼんやりと映っている事に気付き、思わず心臓が飛び上がる。
 そこに映っていた顔は、いつも見慣れているあたしの顔。
 だけど、何か変なのだ。
 表情なのか、顔色なのか、それはあたし自身にもよく分からない。
 だけど、何処か暗いのだ。
 まるで靄がかかっているかのように。
「は、ははっ……き、きっと気のせいだよね? だって、これから楽しい同窓会に行くんだから」
 無理矢理空笑いをして、その場をそそくさと離れる。
 さっきまでハンカチで拭かないといけないほど流れていた汗も、今の出来事で一気に引いてしまった。
 何故か心臓がドクドクと早鐘を打ち、それを打ち消したくて、あたしは地面を思い切り蹴る。
 昔から走る事は大好きだった。
 だから何かあった時は、それを忘れる為にがむしゃらに走りたくなる。
 それに同窓会に遅れるより、早く着いた方がいいに決まっている。
 だって久しぶりにたくさんの友達に会えるんだし、絶対に楽しい筈だから。
 時間を忘れるくらい、楽しくてはしゃげる筈だから。
 走れば走るほど、頭で考える余裕がなくなり、あたしはいつの間にか全速力で走っていた。
 そこらじゅうで聞こえていたセミの鳴き声があたしには届かなくなり、その代わり、自分の息遣いだけが頭に響く。
 誰の目も気にならない、走るだけの世界。
 だが、そんなもの長く続く訳がない。
 次第に疲れが溜まり、息遣いも荒くなり、足が重くなる。
 どんどんとスピードが衰え、セミの声が耳に届くようになった頃、あたしはピタリとその場で足を止めた。
 呼吸優先で思い切り息を吸い、吐き、それを繰り返しているうちに頭がきちんと働きだし、そこでようやく自分が立っている場所に気付いた。
 大きくて曲線を描いた真っ白な建物。
 有名な高級リゾートホテルの正面玄関だ。
 玄関に立っているドアマンが、訝しげにあたしを見つめているが、あたしはその場所を見て、乱れた息を整えるのと同時に、髪を手直しし、カバンの中からあのはがきを出した。
「あの……同窓会の会場がここって」
 はがきをドアマンに見せると、先程まで不審者のような目で見ていたドアマンの顔が一気に営業モードへと変化した。
 それこそ花でも咲いたかのように、ニッコリと微笑み、私を客だと認める。
「アヤカお嬢様のご友人ですね。どうぞこちらへ……」
 そう言うと、あたしの為にドアを開けてくれる。
 そこから涼しい風が一気に外へと流れてきて、まるで楽園へと招く誘惑のように、あたしの火照った体にじんわりとしみ込んだ。
「気持ちがいい……」
 あたしはその心地よさに身を任せ、大きなホテルへと一歩入る。
 さっきまであった意味の分からない不安は、その心地よさでバッと吹き飛んだかのよう。
 大きなロビーの真ん中まで歩くと、辺りを見渡す。
 さすが名前の知られているホテルだけあって、綺麗という言葉しか浮ばない。
 あたしみたいな一般庶民が、こんな場所にいるなんて大間違いだ。
 いや、むしろ滑稽だ。
 そう感じた途端、あたしは今の格好が物凄く気になり、思わず着ている服を見やる。
 はがきには「私服で結構です」なんて書いてあったけど、こんな場所にパンツルックはおかしいかったかもしれない。
 後悔先に立たず……これに尽きる。
 でも、今更戻れる訳もないし、仕方なくフロントへと歩こうと足を動かした途端、ポンッと誰かに肩を叩かれた。
「よ、マイコ。お前、一人で来たんだな」
「ジン!」
 あたしの肩を叩いた相手は、幼馴染みのジンだった。
 ニカッと人懐っこい笑みを浮かべ、あたしから手を離すと、当たり前のように横へと並ぶ。
「一人なんて寂しいな。アヤカはともかく、俺とかケンジとかキョウスケとか誘えばよかったのに」
 ジンはわざとらしく溜息をつくと、やれやれといった感じで肩をすくめる。
 その態度に少しカチンときたが、場所が場所だけにケンカなんてできやしない。
 仕方なく心の中でぐつぐつと煮えたぎる感情を抑え、睨むだけで終わらせる。
 するとジンがあたしの顔を見てフワッと笑った。
 まるで緊張が解けた子供を、安堵の表情で見る親のように。
 ジンは私から視線を外すと、辺りを見回した。
「同窓会なのにホテル貸切って、さすがアヤカお嬢様。でも、さすがに従業員は少なくなっているようだな。普通ならこのロビーにも従業員はいてもおかしくないのにな」
 ジンの言葉に、あたしも慌てて辺りを見回した。
 確かにロビーに従業員がいない。
 フロントに一人いるだけで、よくテレビで出てくるようなベルボーイとか全く見当たらないのだ。
「でも、会費がタダ同然なんだから当たり前だよな」
 ジンはフウッと鼻から息を吐くと、フロントへと歩く。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 あたしも慌ててジンの後ろを追った。
 きっと同窓会だけは楽しい時間になる。
 そんな淡い期待を持ちながら、ジンの後ろを子供のようについていった。
 フロントには黒髪を一つで結わえ、薄い化粧をした若いお姉さん従業員が一人、私達の方を見ながら微笑みを浮かべている。
「すみません、俺達、同窓会のはがきをもらって……」
 ジンがあたしより先にフロントのお姉さんにあのはがきを見せた。
 そのはがきは私とは違い、薄桃色ではなく、薄紫色。
 でも、綺麗な彼岸花がたくさん咲いていて、あたしはその美しさに一瞬で目を奪われた。
 フロントのお姉さんはジンのはがきを見た途端、あたし達に聞こえない位小さな声をもらしたかと思うと、あたしの方を見る。
 その視線でお姉さんが何を言いたいのか理解し、それを言う前にはがきを出した。
「アヤカお嬢様のご友人様ですね。少々お待ちください」
 お姉さんはそう言って軽く会釈をするなり、フロントに備え付けられている電話を取り、小さな声で誰かと話し始めた。
 その様子にあたしとジンは顔を見合わせる。
 お姉さんは何度か頷き電話を切ると、もう少しここで待つようにとあたし達に理由も言わず、それでも丁寧に話してくれた。
 ジンとあたしは仕方なくフロントから少し離れたエレベータの横で立ったまま待つ。
 人がいないせいか、この場所は必要な作業の音以外、何にも音がしない。
 そのせいで変な音を立ててしまわないかと、意味の分からない緊張感があたしをじわりじわりと襲い、知らぬ間に何処かの軍人のように姿勢を正していた。
「なぁ、さっきから気にならないか?」
「はいっ!?」
 そんな緊張状態の私に、ジンは突然声をかけてくる。
 そのせいであたしの声は上擦り、見事にこの高級リゾートホテルの優雅で高貴な雰囲気をぶち壊した。
 ジンは目を丸くしてあたしを見ていたが、すぐに表情を変え、笑いを堪えるかのようにククッと声をもらす。
「な、何よ! 笑わないでよ!! ジンがいきなり声をかけてくるから悪いんじゃない!!」
 あたしは自分の顔が一気に紅潮するのを感じながら、思わずジンの肩をつねった。
 あたしの背はそれなりにあると思ってはいるが、それよりジンの背の方が遥かに高い。
 本当は頬を思い切りつねりたいのだが、肩をつねるので精一杯なのだ。
 ジンは笑いたいのか痛みを訴えたいのか分からないような表情であたしの方を見るが、あたしは笑いを止めるまでやめるつもりはない。
 その時、小さな機械音が響いたかと思うと、あたしの横にあるエレベーターの扉が静かに開いていく。
「マイコ、ジン、久しぶり。……いつも楽しそうだね」
「キョウスケ!?」
 扉の中にいたのはキョウスケだった。
 男にしては綺麗で艶やかな黒髪を揺らし、切れ長の目を細くしたままこちらを見て微笑んでいる。
 その姿を見た瞬間、ジンはあたしの手を優しく自分の肩から外すと、キョウスケの方を見て納得したかのように何度も頷いた。
「ああ、なんだ。そういう事か」
「はぁ、何が?」
 ジンがいきなり意味の分からない言葉を発する。
 それを聞いたキョウスケもジンの言葉を理解したのか、ニッコリと微笑み、意味の分からないあたしだけ、一人大声でジンに突っ込んでいた。
 それがやたらと恥ずかしくて、二人だけ理解しているのが凄く悔しくて、あたしは思わず二人から目を逸らす。
 だが、ジンはあたしの頭をポンッと叩くと、ニヤリと笑った。
 そして顎に手を当て、どこにも生えてない髭でも触るかのように手を動かした。
「さっき、マイコに話そうと思っていた話だよ。
 何で従業員が俺達を『アヤカお嬢様のご友人』って言ったのか気になっていたんだ。
 だって、同窓会だぜ? 従業員が『アヤカお嬢様』なんて言ったら興ざめだろ? 中にはアヤカと何にも接点のない奴だっているんだからな」
「ああ……そう言われれば」
 あたしもそれは気になっていた。
 さっきからドアマンにしてもフロントのお姉さんにしても、あたしやジンの事を「アヤカお嬢様のご友人」とくくって話していた。
 確かにそれを他にも招待されている人が言われたら、疑問を持つ者だっているだろう。
 嫌がる人もいるだろう。
「……と、いう事は?」
「おそらくはがきだよ。俺達だけ特別に作ってあるんだろな。
 そのはがきの詳細を事前に従業員に話し、当日、従業員がはがきを見て、俺達をアヤカの友達か否か判断していた……そうだろ、キョウスケ?」
 まるで名推理と言わんばかりに、ジンは擦っていた顎から手を離し、代わりにキョウスケを指差した。
 その姿はきっとカッコいい探偵気取りなんだろうが、小さな頃からジンを見てきたあたしには、どうしても間抜けな子にしか見えない。
 その格好をやるなら、指を差されているキョウスケの方が何倍も、いや、何千倍も格好がつくだろう。

 だが、そんな哀れみの目を向けられているのも知らないのか、ジンは満足したかのようにウンウンと頷く。
「そうだよ、アヤカと仲のいい僕達だけ、彼岸花のはがきだ。後の人は和紙で作ったはがきだよ。さすがジン、伊達に作家を名乗っているだけはあるね」
 そう言ってキョウスケは、困ったように眉尻を下げながらも、ジンに向けて拍手をおくる。
 あたしからは寒い眼差しをおくられているのも知らず、ジンは得意顔だ。
 ジンは作家――と言っても、卵も卵、まだまだ駆け出しのヒヨコにもなってない卵だ。
   しかも、推理とかではなく、何故かホラーなのだ。
 だからどう見ても今のは畑違いだし、全く関係ない。
 ただ、キョウスケはあたしと違って、物凄く優しいから、ジンに合わせてくれたんだろう。
 とりあえず目の前で得意顔になっているジンが鬱陶しいので、もう一度肩をつねる。
「さぁ、アヤカが待っているよ。君達はアヤカや僕の親友だから」
 キョウスケは優しい笑みであたし達を見ると、エレベーターへと手招きする。
その表情に一瞬だけドキッとする。
「ほら行くぞ、マイコ」
「あ、うん」
 ジンにそう言われて、あたしは我に返り、慌ててエレベーターに乗る。
 心臓が意味なくドクドクと動き、それが嫌な程耳に聞こえる。
 思わずキョウスケの顔色を窺うと、キョウスケはあたしの心を読んでいたかのように、あたしの方を見てニコリと笑った。
 その笑みはとても綺麗で、完璧だ。
 更に心臓がドクドクと動く。
 耳だけでなく、体中に痛みすら与えるかのように。



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