コスプレ大会


「皆、揃ったかい?」
 これは、肝試し直前のことである。
 各々自室で着替え、準備万端になったところで、別荘の玄関に集まっていた。これから肝試し地の廃寺に行くのである。
「懐中電灯は持ったわね?」
 キョウスケの隣に燐として立つアヤカが問うと、全員が頷いた。
「じゃあキョウスケ、行きましょうか?」
「いや、ちょっと待って」
 アヤカをまだ、と手で制したキョウスケは、眼前にいる人物達──マイコ、ジン、ケンジの三人──をじろじろと見、「うーん」と唸った。
「どうしたの?」
 じっくり見られたことが恥ずかしいのか、マイコが一歩後退する。
「三人とも、その服装は──」
「え?」
「……あぁ、そういうことね」
 キョウスケの言葉に、三人はそれぞれ自分達の服装を、そしてアヤカは全員を見渡してから、合点がいったと笑う。
「そんな格好で行ったら、虫に刺され放題だし、万が一蝮が出た時、危険だよ」
「ま、蝮!?」
 ひぃっと声を上げて真っ青になるマイコ。
 そんな彼女は半袖のシャツに、ショートパンツといういでたちだ。
「嘘だろ! そんなこと聞いてねぇし!」
 どうしようと慌てふためくジンも、マイコと同じ半袖シャツ。下はハーフパンツだ。
「そんなもんどうにでもなるだろ」
 と楽観的なケンジは……甚平姿だった。
「いや、駄目だよ。三人とも、長袖長ズボンは持ってないのかい?」
 そう言うキョウスケの格好はというと──高校時代使っていた体操着──所謂、高校ジャージ姿だった。その胸元には、しっかりと苗字の刺繍が施されている。
「……俺も高校のジャージ持ってくればよかった……」
「でも、あの格好は恥ずかしくない? キョウスケだから格好悪く見えないだけだと思う」
 ひそひそと話すマイコとジン。
「三人とも持っていないのなら、私の衣装を貸すわ」
 くすくす笑いながら提案したアヤカは、真っ白な長袖シャツと赤いジャージのパンツという服装だった。
「アヤカの……? いやでもそれじゃ女物だろ? 俺やケンジは着られないぞ」
「大丈夫よ、お父様の古着もあるから。──セバスチャン!」
 アヤカがパンパンと手を叩くと、どこからともなく現れたセバスチャンが、五人を別荘の奥へと案内した。

「すっごーい……!」
 セバスチャンが五人を連れてきたのは、壁一面がクローゼットになっている衣裳部屋だった。
 アヤカの私服からスーツ、ドレス……様々な場面で着る服が一部屋に集まっているのだ。
「すげぇ! おいアヤカ、これって軍服か!?」
 目を輝かせながら衣装を見て回るジンが問うと、アヤカは頷いた。
「そうよ。それはお父様のコレクションのひとつね。……着てみる?」
「え、いいのか!?」
「いいわよ。あっちに試着室があるから、そこで着替えてちょうだい」
 言われ、ジンは軍服を大切そうに持って試着室へと消えた。
「そうだわ、折角だから、皆で色んな衣装を着てみましょうか!」
「えぇ!? あ、あたしはいいよ! 似合わないもん……!」
 マイコは遠慮するが、アヤカはお構いなしだ。
「そんなことないわよ。マイコは素敵な女性だもの、きっと似合うわ。ということでマイコ、早速これを着てちょうだい!」
「え、えぇ〜!?」
 服が大好きなお嬢様であるアヤカは、マイコに一着の服を渡して、無理矢理試着室へと放り込んだ。
「ケンジは何を着るのかしら?」
「オレはこれにするぜ」
 勝手に服を物色していたケンジも、試着室に消える。
「ふふ、楽しみね! キョウスケはどうするの?」
「……僕も着替えなきゃ駄目かい?」
「当然よ。これはコスプレ大会なんだから」
 楽しそうに微笑むアヤカ。そんな彼女を見たキョウスケは、やれやれと苦笑するのであった。

「きゃあ、マイコ! 素敵よ!」
「……そうかなぁ……?」
 一番に着替え終えたのは、意外にも女性であるマイコだった。
 マイコはアヤカが選んだ服──黒を基調としたメイド服を着ていた。恥ずかしそうにもじもじとしながら俯くマイコを、アヤカは可愛いと抱き締める。
「マイコに、私の専属メイドさんになってもらおうかしら?」
「給料は弾んでくれるんでしょうね、アヤカお嬢様?」
「えぇ、セバスチャン並みの給料を出してあげるわ。どう、転職しちゃわない?」
「どうしようかなぁー」
 きゃあきゃあと騒ぐ女性陣。マイコも意外とノリノリである。
「あ〜……着替えるのに手古摺ったわ……おっ、マイコはドジっ子メイドか!」
「誰がドジっ子よ! そういうアンタは戦場で一番に死ぬ軍人かしら、ジン?」
 試着室から出てきたジンは、カーキ色の軍服を纏っていた。びしっと敬礼するが、あまり似合っていない。
「……うーん……その軍服は大佐クラスのっぽいんだけど、ジンが着たら二等兵くらいに見えちゃうわね」
「……マイコお前、容赦ないな」
 マイコのキツイ一言に、ジンはしゅんと項垂れた。
「このエンブレムが超かっこいいんだけどなぁ……俺には似合わないかぁ……」
「軍服を着てるっていうより、着られてるわねジン!」
「うるせーメイドのくせに! ほれ、ご主人様って言ってみ?」
「誰がアンタなんかに!」
 メイドと軍人の喧嘩──否、マイコとジンの喧嘩にもにこにこしているアヤカ。
 しばらくして、三番目に試着室に入ったケンジが現れた。
「どうだ?」
「い、意外だな……金髪のくせに……」
「そ、そうね……あたし達よりコスプレが様になってるかも……」
 マイコとジンが悔しそうに言う。
 そんな二人に満足したのかニヤニヤ笑うケンジ。そんな彼が着ているのは、紺色の袴だった。腰には模擬刀を差している。
「いっぺんしてみたかったんだよなぁ、侍の格好をよ」
 長めの金髪を後ろで一纏めにしたケンジは、模擬刀を抜いて構えてみせる。
 そんな彼を見て負けたと感じたのか、ジンが悔しそうに鼻で笑った。
「で、でもそういう服って、誰にでも似合うように出来てんだよ! そうだよ、俺が着ても絶対似合うね!」
「……ジン、負け惜しみに聞こえるから、やめたほうがいいわよ」
「う……」
「ハッ、ざまあねぇなジン!」
 本当に、何とも情けない軍人である。
「最後はキョウスケね。どんなコスプレしているのかしら!」
 わくわくが止まらない──唯一着替えていないアヤカはくるくると回った。
 まるでドレスを着て踊っているかのように錯覚してしまうような、そんな美しさが彼女の所作にはあった。
「お待たせ」
 試着室から静かに姿を現したキョウスケを見た四人は、一瞬固まった。
「あ、あー……これは勝ち目ないわな……」
「うん……さすがキョウスケ、何着ても似合うね」
「チッ……しょうがねぇ、負けを認めてやるよ」
「……これって勝負だったのかい?」
 きょとんとするキョウスケが着ているのは──ピンクのウサギの着ぐるみだった。顔の部分がくり貫かれているため、キョウスケの顔は丸見えである。
 似合うかな? とキョウスケは問いかけるが、三人は彼を白い目で見つめるのみだ。
「キョ、キョウスケ……」
「アヤカ……はは、さすがにこれは駄目かな?」
「……いいえ、いいえ! さすがは私のキョウスケだわ! 素敵よ! すっごく素敵! 可愛い上に、かっこいいわ!」
 目を潤ませて感激するアヤカは、そのままウサギ──の着ぐるみを着たキョウスケに抱きついた。
「これが似合う人なんて、あなたくらいじゃないかしら。ふふ、私は最高の彼氏を得たわね」
「……そうかい? それはよかった」
 抱き合って二人の世界に入る。その様子は、傍から見れば滑稽以外の何者でもなかった。
 そんな様子を見ていた三人は、
「……そもそも俺達って、何で着替えたんだっけ?」
「……さぁ、忘れちゃった」
「もう寝ようぜー」
 そう言い残し、服を自前のものに替えるため、試着室へと消えていった。
「どんな姿でも愛してるわ、キョウスケ……」
「僕もだよ、アヤカ」
 バカップルな二人は三人が消えたことにも気付かず、しばらく抱き合っていた。
 ……その日に肝試しが行われたのかどうかは、不明である……。

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