怪談話
これは昔々のお話です。
とある村に、とても綺麗な女性が住んでいました。
黒く艶やかな髪に、紅をさしたように美しい唇。
長くて上を向いた睫毛に、スッと整った鼻。
細く、すらりとした体型に、おっとりとして、常に笑顔を絶やさない心優しい性格。
どこから見ても完璧なまでに美しい女性。
誰もが彼女の姿に目を奪われました。
けれど、同時に誰もが溜息と落胆の声を出します。
その原因は……彼女の足でした。
彼女の足は、動かなかったのです。
産まれた時からずっと……。
それでも彼女は静かに、ひっそりと暮らしていました。
日々の暮らしに感謝して。
でも、そんな穏やかな日々が突如音を立てて崩れていきました。
彼女の美貌を何処からか聞きつけたのか、遠い遠い地から彼女を一目見ようとやってきた人物がいたのです。
それは……人にあらざるもの・鬼でした。
一歩進めば、地震のように地面が揺れ、息を吐けば、紙切れのように人は飛ばされ、ギロリと睨まれれば、心臓の音が止まってしまう程の迫力。
人々は蜘蛛の子を散らしたかのように逃げまどいました。
鬼は彼女の家へと来ると、彼女をギラギラとした眼で見つめ、怯える彼女へこう言いました。
「お前をワシの妾にしてやる。明日、村の外れにある寺に来い。もし来なかったら、この村を壊し、村人全てを喰ろうてやる」
鬼は愉快そうに大声で笑うと、地響きを立てながら帰っていきました。
呆然とする彼女。
ですが、それ以上に驚いたのは村人達でした。
彼女を鬼に渡さないと、自分たちが喰われる。
それだけが頭を支配し、村人達はとんでもない事を決意します。
それは、歩けない彼女をがんじがらめに縛りつけ、寺へ置き去りにすると言う事。
彼女の意見はありませんでした。
村人にされるがままに縛り上げられ、時には殴られ、罵られ、石を投げつけられ、彼女は村人数人に寺へと投げ捨てられました。
それでも彼女は微笑んでいました。
泣きながら微笑んでいました。
約束の刻、寺に鬼が姿を現し、彼女がいる事を知ると、嬉しそうに彼女の方へと歩いていきました。
けれど、彼女の顔を見た瞬間、歩みを止めてしまったのです。
彼女は……微笑んでいました。
口から赤黒い血を流したまま微笑んでいたのです。
そう、彼女は自らの舌を噛み切り、自害しました。
それを見た鬼は怒り狂い、まるで風のように村へと走っていきました。
その様子を、死んだ彼女は微笑んで見ていました。
ぽつん、と口から伝う血が地面へと触れ、地面を赤く染め上げます。
「皆、死ねばいいのに」
彼女の口がそう動いたように見えた途端、地面を染めていた血が、まるで蜘蛛の糸のように縦横無尽に這い、寺の中をびっしりと埋め尽くし、細い線が描かかれました。
遠くから聞こえる悲鳴と泣き声……。
その声が聞こえると、彼女は満足したかのように微笑みました。
じわりじわりと彼女の体は灰へと化し、それと同時に細い線からたくさんの赤い色が上空へと浮き出てきました。
それは彼岸花へと変化し、寺には大量の赤が咲き乱れます。
まるで彼女が、裏切った村人に死という花を手向けんかのように……。
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