小説 | ナノ

▼ でいと?すまないが意味がわからない4

本屋から出て住宅街を歩くと少し前を歩く古橋が大きめの深い茶の家で止まった。
名前が驚いていると、古橋がその家に迷いなく入っていくので名前は慌てて追いかける。

「キッチンはこっちだ」

「あ、うん
えっとお邪魔します」

広くて明るいキッチンはとても綺麗だった。
キッチンの前にはカウンターがありそこでご飯を食べることが出来る。
キッチンとカウンターの後ろには2、3人がゆったりと座れる深緑のソファとガラスのローテーブルがある。
不要な家具は一切なく、シンプルで落ち着くリビングだ。

名前が古橋の家にいちいち驚いている間に古橋はさっさとキッチンに立ちボウルや小麦粉を用意している。

「やりながらだと混乱するだろう
一度見ているといい」

「うん!お願いします!」

すると古橋が笑った。
古橋がキッチンに立つので名前は正面のカウンターに身を乗り出した。

「わかった」

やはり趣味で日頃から作っているからだろうか。
手際良く動く腕に目を奪われる。

「まず粉をすべて入れる
そうしたらまとまるまでずっと捏ねる」

「うん」

古橋が名前をちらりと見るとわくわくしたような、そわそわしているような様子だった。

「…やりたそうだな」

「え、なんで…わかったの…」

名前がばつの悪そうに古橋を見上げると古橋が笑った。

「うずうずしていたぞ
あまり身を乗り出すと危ない
隣に来ていい」

「ありがとう!」

名前はパアッと表情を明るくすると小走りで古橋に近づき隣に立った。

「では作りましょう古橋先生」

グイッと腕まくりをして名前が古橋を見上げる。

「…わかりました」

案外ノリがいい古橋に名前は笑ってしまう。
先ほど見たように名前がすべての粉をふるいにかけぬるま湯を入れて捏ねる。

「ここはもっと強く捏ねるんだ」

こんな風に、と空気を捏ねる古橋の手を見て名前も同じようにやってみる。
名前が少し強めに捏ねると古橋が褒めてくれる。
それが嬉しくて名前は気になっていたことを聞いてみた。

「あのさ、テレビとかで見るあの叩きつけるようなのは合ってるの?
私がやったらどっか飛んでいきそうなんだけど…」

「ああ、それはグルテンの結合を強くするのに必要な手順だ
少し音がうるさいかもしれないが試しにやってみると良い」

「え、無駄になっちゃうかもだよ?」

名前がそう言うと心配性だな、と古橋が笑った。

「フッ…良いさ
また一から作り直せば良い」

「う、うん」

しばらくして名前が苦労して捏ね、なんとかまとまった生地をボウルに入れて濡れたふきんをかぶせた。
それをオーブンの中に入れ、一緒に熱いお湯が入ったコップも入れて閉める。
こうすると温度も湿度も保たれてパンが乾燥せずに発酵出来るのだ。

「これで30分から1時間発酵させる」

「…暇ですね」

「そんなことはない
天板にバターを塗ったり使った計量カップなどを洗う時間だ」

「じゃあ私やります」

名前が手を挙げて主張すると古橋は首をかしげた。

「既に終わっているが」

「え!?」

名前が驚いて古橋を見ると古橋はキッチンの隅に綺麗に洗われた計量カップを指差す。

「仕事が…早いね…」

がっくりと肩を落として言うと古橋はそれを不思議がるように見つめて言う。

「いつものようにやっただけだが」

「…古橋くんを見習います」

「見習わなくても一緒にやればいい」

古橋が当たり前のように言うので名前は一緒に、と言う言葉に反応し恥ずかしくなる。
古橋くんが優しすぎて私どうにかなってしまうんじゃないの…。
これからちゃんとお母さんのお手伝いをして料理が出来る女の子になります。
名前は心中で誓った。

「ねえねえ、待ってる間に本読まない?
さっき買った本が気になっちゃって…」

「ああ、そうしよう」

古橋は洗った手をタオルで拭くと名前の背中をとん、と押しソファに座るよう促した。
名前が促されるままにソファに座ると思いの外体が沈むので驚いてソファをぽんぽんと軽く叩く。
するとキッチンから古橋の声が聞こえる。

「温かい紅茶でいいか?」

「え、あ、うん!ありがとう!
私もやるよ!」

名前がソファから立ち上がり古橋の方に走る。

「あ、走ると危ない、」

「わっ」

名前の家もフローリングだが古橋の家のフローリングは随分滑る。
名前がつるっと前のめりに転びそうになると古橋がしっかり受け止めた。

「名前…危ない」

「ごめん…」

ふう、と古橋が息を吐くと両手にマグカップを持ちソファの方へ歩く。

「持つ、」

「こぼすだろう」

「…はい」

名前は静かに古橋の後ろを歩いた。

(150426)
prev / next
[ Back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -