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▼ でいと?すまないが意味がわからない2

服屋がたくさん並ぶ道から、横断歩道を渡って少し入り組んだ路地に入った。
先ほどの騒がしさとはうって変わり、静かで落ち着いた街並みだ。
人がまばらな道を古橋が名前の手を引き歩く。

「静かですっごくおしゃれ…」

名前が点々と並ぶ店を見て呟いた。
しばらくすると古橋はなにも書いていないガラスドアの前で止まった。
ダークブラウンの木の棚が、コンクリートの壁に取りつけてあり、靴が同じ方向を向いてずらりと並んでいる。
中央に大きな丸いソファがあり、靴を履くことが出来るので中の客もゆっくり靴を選んでいる。
おしゃれだ…と名前が店の前で止まっていると、古橋に優しく引っ張られ店に入る。
たくさんの靴が2人を迎えてくれた。

「男の人の靴ってなんか重そうだね」

「確かに女性の靴と比べるとな」

近くの靴を見ると、女性のスニーカーよりも硬くて重そうな見た目だ。
名前がそう伝えると、古橋も名前が見ている靴を見た。

「いつでも喧嘩できるようにかな?」

「…逃げるときは重くて枷になりそうだな」

じゃあ…、と考える名前を古橋は優しい目で見つめた。

「…脱いで逃げる!」

思いついた考えをビッと人差し指を立てて答えると、古橋がすかさずつっこむ。

「それは靴の意味があるのか?」

「…ない?」

「ない」

「ちょ、即答…」

古橋がそう答えると、反対側の壁の方へ歩いて行くので名前も後を追う。
古橋が靴を眺めていると、ふと一つの靴を手に取った。
そのまま名前を振り返ると古橋は話しかけた。

「名前」

「なに?」

「なに色か当ててみてくれ」

スウェード素材のスニーカーを目の前に出して問題を出される。

「えっと、んー…赤?深い赤みたいな」

「残念、ワインレッドだ」

「ほとんど合ってるね」

自信満々に名前が答えると、古橋は名前の言葉に苦笑いした。

「答え方の範囲が広すぎだ」

と言いながら棚に戻した。
その色も古橋くんに似合うな、と思いながら古橋の手を目で追った。

「なら一番上の靴は?」

「あれはイチゴ色で、あれはセロリっぽいし、あれは…んー青い果物なんてあるかな?」

「果物と自分で言っているのにセロリが混ざっていたぞ」

古橋が名前の言葉を聞きながら靴を手に取り軽さや肌触りを確かめる。

「じゃあ…あ、梨っ!」

「元気だな」

「え、古橋くんの好きな、」

「…覚えていたのか」

古橋が驚いた顔で名前を見た。
というかなぜ色の表現が果物なんだ、と古橋は疑問に思った。

「古橋くんの好きなものだから」

名前が古橋にまっすぐな笑顔で言うと、古橋は一瞬目を泳がせ口元をふにゃりと緩ませた。
だがすぐに古橋は顔を無表情に戻す。

「ずいぶん素直になったな…こっちの心臓がもちそうにない」

「いや、その…」

こっちの心臓ももたないですけどね、と名前は心の中で叫んだ。
お互い恥ずかしくなり、ギクシャクした沈黙が流れる。
その沈黙を破った者がいた。

「なにかお気に召したものはありましたか?」

営業スマイルとはこういう笑顔なのだろう、と思わせる笑顔で男の店員は2人の間に現れた。

「ここの壁にある深い赤の靴が気になっています」

「?わいん…」

名前が言いかけたところで店員が古橋ににっこり笑ってその靴の前まで案内する。
自分でワインレッドと言ったのに名前が言った深い赤で店員に伝える古橋をジッと見つめた。

「こちらですね!良い色ですよね
履いてみますか?」

目当ての靴を店員が取ると古橋にソファに座るよう勧める。
はい、と言って古橋が履いてみると、落ち着いた色がとても古橋に似合っていた。
店員もそう思ったのか、さらに話してきた。

「あ、とてもお似合いですね
実は色違いの深い緑や黄色もございますよ」

木こりかよ、と心の中で店員につっこみながら名前は古橋と店員の会話を聞いていた。

敬語の古橋くんもかっこいい…

名前がぼーっと古橋を眺めていると、どんどん話が進んでいく。

「いえ、この色でお願いします」

「ありがとうございます
他の靴もご覧になりますか?」

「ええ、では少し」

「ではこちらは自分の方でお預かりしておきますね
ごゆっくりどうぞ!」

店員はそう言うとにこにこしてワインレッドの靴を奥へ持って行った。

「店員と話すと疲れるな…」

「買ってほしいからだね」

古橋が「ふう」と息を吐いて目を閉じ俯いた。
そんな古橋がなんだか可愛く見えた。

「ねえ、なんでワインレッドって言わなかったの?」

名前が疑問に思ったことを口にすると、古橋が俯いたまま目線だけを名前に送る。

「名前がそう言ったからだが」

「あれ?正解はワインレッドだよね?」

「ああ、そうだが」

古橋が俯いた顔を戻して名前を見た。
その顔はどこか柔らかな雰囲気をまとっている気がする。

「なんでも名前と同じがいい、と言ったら…名前はどう思う?」

眉を八の字にして自嘲ぎみに笑う古橋に、名前はなにも言えずただ頬を染めた。

(150331)
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