▼ でいと?すまないが意味がわからない
一夜をともに過ごして、2人の間にうっすらとあった『相手を思うあまりに出来ていた壁』は完全にどこかへ消え去っただろう。
目を開けると古橋は眠っていた。
規則正しく上下する布団に、なんだか笑顔が溢れる。
独特の目は閉じられ、美しい顔立ちがこちらを向いていたので思わず近づく。
起こさないように自然と薄い呼吸になり、古橋の唇に自分のそれで触れた。
「ん、」
苦しいのか、古橋が息の詰まった声をあげたので、ゆっくり音を立てず離れる。
胸が切ない。
こんなに好きになってしまっていいのだろうか。
「好き、」
「ああ、俺も好きだぞ」
「!?」
目は閉じたまま、古橋の唇はそう紡いだ。
名前は驚いてビクリと体を震わせる。
ババッと後ろに後ずさりをするとベッドの端に行きすぎたようで、体が傾く。
「わ、!」
「おっと」
古橋が手をのばし名前の腕を掴み転げ落ちるのを防いだ。
古橋が目を開けると心底驚いた顔をした名前がいた。
「…その、起きてたの?」
「キスされたときに起きた」
「…」
あまりの恥ずかしさに名前は両手で顔を覆った。
消え去りたい。恥ずかしい。
そんな名前を見て古橋は気づかれないように笑った。
お互い背中を向け、昨日の夜に買った服に着替えるとホテルをチェックアウトした。
東京の有名なファッションの街で、お買い物することになった。
昨日の買い物のリベンジと言ったところだ。
休みでたくさんの人が服を見に来ているのだろう。
おしゃれな人でいっぱいだ。
目の前の人混みにはうんざりだが、古橋とのデートということで名前の脳内はカーニバルだ。
脳内では名前は見事なサンバを踊っている。
そんなようすは顔には出さず、名前はにこにこ笑って古橋を見つめる。
カーニバルでサンバを踊る自分を見せて引かれるのが怖いからだ。
「混んでいるな」
「ごめん、人混み嫌だよね…?」
「ああ、責めているんじゃない」
というか、と言って人混みをぼーっと見ていた目がこちらに向いた。
ばっちり目が合い緊張する。
「名前がいれば楽しい」
ばっ…なん、なの
古橋くんなにこの人かっこよすぎでしょ
私の彼氏です
こちら、私の か れ し です。
大事なことなので2回言いました。
「こ、こっちだよ」
名前は古橋の手をとり、服を見ようと人混みに紛れ込んだ。
古橋の計算のない褒め言葉に脳内でカーニバルだった名前は意識不明の重体になった。
原因は『ふるは死』で異存はない。
古橋は顔を赤く染めた名前を見て笑った。
「わかった」
手を繋いでぶらぶら歩いていると、可愛い服を見つけた。
近くで見ようと、そちらに移動する。
「見て、可愛い!」
「?女性の好みはあまりわからない」
「ふわふわで可愛いでしょう?」
「ふわふわ?軽い素材なのか」
「確かに軽いけど…淡い色できれいだね」
「ああ、目に優しいな」
楽しい…!楽しすぎる…!!
古橋くんとの会話楽しい!
なんだろうこの天然な服への感想!
穢れを知らない天使かな?あ、ふるは使か、そっかあ。
ミカエル的なあれだよね、大天使だよね
名前はへらへらと笑いながら服を自分にあてて古橋に見せた。
「似合うな」
「え、ほんと?」
「ああ」
古橋が似合うと言ったのでさっそく買ってしまおうかと悩むと、古橋がその服がかかっているところから色違いの服を取った。
「だがこっちの色の方が似合う」
古橋が取った服を名前にあてがい確認するので、名前も近くの鏡で見る。
確かに自分で選んだ服より顔色が明るく見えるかもしれない。
よく考えているな、と名前は感心した。
「これ買おうかな」
「俺の選んだ方でいいのか?
好みがあるだろう?」
「うん、古橋くんが選んでくれたからすっごく気に入っちゃった」
古橋から服を受け取ろうとハンガーに手をのばすが渡してくれない。
疑問に思い古橋を見ると、口元を押さえる古橋の耳が赤くなっている。
「あの、古橋くん?買いたいんだけど…」
「貸してくれるか」
「?」
貸せと言われても、もともと古橋が持っているものだ。
名前がのばした手を戻すと、古橋は店の中に入ってしまう。
え、ちょっと…可愛いお店の中に古橋くんが1人で…
名前は慌てて自分が選んだ服を戻して古橋の後ろを追いかけた。
どこだ、とキョロキョロしながら店内をウロつくと、1人だけ高身長な短髪を見つけた。
古橋はレジにいた。
可愛い店員さんに服を包んでもらっている。
古橋くんの後ろで止まるとなにをしているのかよく見えた。
古橋くんなにしてるの、余計なお金かけなくていいよ!?
自分で買うよ古橋くんは自分の好きなもの買って!
なんて言う前にもうお会計は終わっていて、涼しい顔で店を出ようとこちらを向く。
真後ろにいたことに気づいていなかったのか、驚いてぶつからないようにグッと目の前で止まった。
「名前」
「あの、古橋くん」
「ほとんど俺が選んだんだ、プレゼントする」
名前が古橋の言葉にしどろもどろになると、名前の手をとってドアまで歩き出した。
「俺がこうしたいんだ」
そんなことを言われては、なにも反論出来なかった。
ならば古橋の買い物は自分が払う、なんてことは言語道断だ。
古橋は自分の買い物にきっと口を出されたくないだろうし、男としてそれを許さないのを名前は感じていた。
だからわざとこうやってプレゼントをして来るのだ。
なんのお返しもするなというプレゼントだ。
「古橋くん」
「お礼ならいらないが」
「、そうだ!じゃあ古橋くんの服見に行こう!」
せめて、とお礼を言おうとするとその前に釘を刺された。
ぐっ、古橋の言う通りにするためお礼を飲み込んで提案すると、古橋が繋いでいた手を引っ張った。
「それなら靴が見たい」
「うん!」
(150330)
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