▼ でいと計画5
「帰りたく、ない」
思わず声に出た。
離れたくないと素直に思った。
「じゃあ、駆け落ちでもするか」
「…え?」
古橋から聞いたことがない単語が出てくる。
人生で駆け落ちなんて言葉、めったに聞かないだろう。
ドラマではあるかもしれないけど、正直どうして恋や愛のために今までの人生を捨てられるのか、そう思っていた。
しかし、古橋となら出来る。
古橋の言葉を聞いてそう考えた。
まあ、出来るか、出来ないかの話だが。
まっすぐ名前を見る古橋の目には迷いがなかった。
「帰りたくないんだろう?」
「うん?そうだけど…」
「こっちだ」
グイッと手を掴んで大股で歩き始める古橋に、歩幅が合わず名前が小走りでついて行く。
本当に駆け落ちするつもりなの…?
「えっあの」
古橋に引っ張られショッピングモールに来た。
訳も分からずついて行くと、服を一式選んで来いと言うのでその通りにする。
店の前で別れて後で合流することになった。
「(古橋くんなにをするつもり?)」
ショッピングモールに次いで来たのはラブホテルだった。
来たことがないので変な想像をしていたが、部屋に入れば豪華ながらも案外普通で驚いた。
ソファやテーブル、テレビが置いてあり奥に大きなベッドがあった。
大きなベッドと雰囲気を除いて、普通のホテルと大差がなかったので少し安心した。
先に風呂に入れ、と言われて体が固まった。
ここに来るということは、そういうことをするためである。
わかってはいるが、急ではないか。
名前は動けずにいた。
「大丈夫だ、何もしない」
疲れただろう?
そう言い古橋はベッドに置いてあったバスローブを1つ手に取ると名前に渡す。
ほらほら、とお風呂の方に向かせ背中を押した。
「ごゆっくり」
古橋はそう言ってソファへ歩いて行った。
名前がお風呂からあがると、スマホを片手にテレビを見ている古橋の姿があった。
コートを脱いでゆったりとソファに座りくつろぐ姿がなんだかいつもよりかっこよく見えた。
「風呂はどうだった?」
テーブルにあったペットボトルの水を差し出され、受け取ると古橋も別のペットボトルに口をつける。
「すっごく大きくてゆっくりできるよ」
「なら俺も入ってこよう」
テレビのリモコンを渡され、いってらっしゃーいと名前が古橋を見送った。
ピロリン
ピロリンピロリン
先ほどから古橋のスマホがうるさい。
テレビを見ながらスマホに意識が集中してしまい、名前は自分のスマホを操作しだした。
バスローブに身を包み風呂から出た古橋はソファで無防備にもうとうとする名前を見て気が緩んだ。
疲れたのか
無理もないだろう。
昼前から人混みにずっといて、夜にはラブホテルなんてどんなドラマの場面だ。
初めてのデートでお互い緊張していたし、自然に相手を気遣っているうちに疲れたのだ。
古橋も少し眠気を感じた。
古橋がベッドに横たわると布の擦れる音が聞こえたのか名前が起きた。
古橋はバスローブを身にまとい自分の腕を枕にして名前を見る。
「早く来い」
古橋の隣のスペースをぽんぽんと叩き、ここに来るように態度で示した。
名前がおそるおそるベッドに乗り枕に頭を預け寝っころがる。
「ベッド大きいね」
「そうだな」
大きくて広いベッドに、うとうとすると古橋はフッと笑った。
「寝ていいぞ」
古橋が名前の頭を撫でながら囁く。
それが心地よくて目を閉じた。
好きだと、このまま時が止まればいいとよく言うが、時が止まると自分たちも止まるのだ。
それのどこが良い?
古橋はふと考えた。
出来るなら、2人の世界に行ってしまいたい。
いや、この世界が2人だけになればいいのだ。
古橋は名前に近寄り布団をかけた。
頭上に設置してある、よくわからないがたくさんある電気のスイッチをいじると部屋が暗くなり、壁や天井に白い線が現れる。
「プラネタリウムか」
古橋が呟くと名前が目を開けた。
どうやら完全には寝ていなかったようだ。
「わ、すごい…」
素直に喜ぶ名前にそうだな、と返し自分にも布団をかけた。
眠るまで人口の星でも見ていよう。
そう考えながらも、疲れのせいでゆっくり目を閉じた。
青白く照らされた部屋に2人の寝息が静かに聞こえた。
そんな中、相変わらず古橋のスマホはうるさかった。
(150314)
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