小説 | ナノ

▼ 静かな時を好みお互いを想ふ

暑さが感じられる季節になり、新入生や教育実習生で学校がバタバタする。
バスケ部もそのせいで体育館が使えなくなったり、「いつも体育館を使っているから」と会場作りやパイプ椅子を出すのを手伝わされたり。
正直ダルいのだ。

明日は上級生による委員会説明だとかで、パイプ椅子を何百も並べなければならない。

「(1年がバケツリレーでパイプ椅子を運んだ方が早くねえか)」

だいたい自分たちは上級生なのだから逆に新入生が用意するのではないか。
内心ぐちぐち言うが、決して笑顔を忘れない。
こんな簡単なことでいい子ちゃんのが仮面が崩れることはないのだ。

「花宮くん、まだ椅子ある?」

「少し重いけど、これで終わりだから」

頑張って。
そう言えば早く終わる。
もっとも、花宮の効率良い人さばきにより通常より早いのだが。

「(つーかこういう場を有効活用して話しかけてくる女がいるから嫌なんだよ)」

花宮は誰にも気付かれないように舌打ちし、最後の確認に取りかかった。

「終わったか」

花宮が1人呟けば体育館に木霊した。
もう体育館には誰もいない。
あんなに人がわらわらと走り回って騒がしかったのに、今は花宮1人だ。
自分たちで並べたパイプ椅子に特に意味もなく座る。
ギシィッとパイプ椅子が悲鳴をあげる。
遠くに見える壇上をぼーっと見つめて、まるで生きている人形のようにただ息を吸って吐いていた。
今はなにも考えたくない。

「真」

体育館のドアの方から声が聞こえた。
嘘だと思った。
その人物がこんな時間まで残っているはずがないからだ。
その人物は授業が終わるとすぐに帰宅する。
花宮はにわかに信じ難いその声の方をゆっくり振り向いた。
視界に入った窓は最後に見たときは夕方であったのに、今は夕方なんかではなく、ほとんど夜に近かった。

「名前…」

「ふふ、驚いたかな?」

「…かなり」

花宮にとって名前は本音を言える相手だ。
レギュラーはどうなのかと言うと、確かに本音を言えるがチームプレイをする上ではすべてを言えるわけではなかった。
例えば「お前のバスケは下手だ、直せ」と言われて頭にこない者などいるだろうか?
好きでやっていなくとも、自分がやっていることに文句をつけられるのは誰しも嫌うことだろう。
だから花宮は名前にすべてを話すのだ。

「なんでここにいる?」

「一度帰ったんだけれど、暇でね
私、いつも授業が終わったらすぐに帰るでしょう?
用事があるわけじゃないんだけれど、すぐ1人になりたくなる性格なの」

だからなんだと言うのだろうか。
その返事は花宮の質問の答えにはならない。

花宮はそのことに関してはなにも言及せず、名前を手招きする。
名前はゆっくり花宮に向かって歩いた。
ぽんぽん、と花宮が隣のパイプ椅子を叩いた。
座れということなのだろう。
名前はなに一つ文句を言わず隣に座り背もたれに寄りかかる。

「…」

「…」

誰もなにも言わない。
体育館の大きな時計がカチコチと休まず時を刻んでいる。
急に名前の肩が重くなったと思いそちらを見ると花宮が頭を預けていた。
眠いのかと目元を見れば眠くなさそうだ。
鋭い目は相変わらず壇上を見つめている。

「名前」

「なに?」

花宮が名前を呼んだというのに、なにも言わない、話さない。
その代わりに花宮は、お互いの太ももの上にあった手で恋人繋ぎをして、自分の太ももの上に置いた。
ゆるく繋がれた花宮と名前の手は冷たい。
冷たくて敏感になった指先をお互いで確認した。

「名前」

「なに?」

再び花宮は名前を呼んだが、やはりその続きはなかった。
そんな花宮が嫌だと思わないので、そのままこの静けさを2人だけで過ごす。

「疲れた」

「そうなの」

なにに疲れたと言わないので、聞かない。
話を広げようとしなくていいのだ。
花宮は静かを好む。
だから花宮が話すならそれを聞き、花宮が話さないならそれで終わり。
ただ花宮の言葉を受け止めるだけだ。
名前はゆっくり深呼吸をする。
なにか意味があるのか、花宮の聞き役が面倒なのか、そうではなかった。
花宮の隣の空気は特別美味だ。
「へえ、そうなの?大変だね、応援してるね、なにかあったらいつでも言ってね!」
…そんなふうに返事を返さなくていいからだ。
大抵の話し手は少し大袈裟な反応を欲しがる。
それを考えなくていい。
余計なことを考えなくて済むのだ。
名前もまた静かを好む人物だった。

「眠い」

「眠ってしまったら?」

ただでさえ激しく動くバスケ部に所属しているのにバスケ部の監督を務め、成績優秀でありいい子を演じているのだ。
いつもの完璧な花宮を実現させるには裏で相当な苦労があるのだろう。
それを考えると花宮は少しの間しか休むことが出来ていないことは容易に想像出来た。
それならば眠ればいい。
寝ている隙に誰かに狙われぬよう見ているから。
少しでも休んで欲しい。

「名前」

「なに?」

このやり取りは実に3度目だが、花宮と名前はこのやり取りを繰り返すことが苦だと思うことはなかった。
むしろ心地良かった。

「好きだ」

「私も好き」

静かな体育館にその言葉がやけに響いた。
お互いわかっていた。
お互いがお互いを好きであることに。
だから隣に座った、だから花宮が望むことをした、だから名前に頼った、すべて話していた。
すべてが花宮の、名前のためだった。

「ふはっ」

「ふふふ」

花宮と名前はゆっくり息をした。
やはり隣の空気は特別美味だ。

(150516)
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