小説 | ナノ

▼ 日 吉 せ ん せ

放課後
生徒は部活や居残りなど各々の行動をしている。
名前は生徒の少ない閑散とした廊下を走っていた。

ピンチである。
今日担任の教科でノート回収があった。その授業が5時間目の国語であったのでつい寝てしまった。ぽかぽか暖かくて幸せだった。

いやいやそんなことより、まずい。ノート回収が遅れたら担任にくどくど嫌味を言われる。それはもうお前は姑かってくらい。
それよりまずいのはその後の部活である。もう校庭のコートでは聞き慣れた活気のいい声とポーン、ポーンとボールの音が聞こえる。もう始まってるじゃないか。

マネージャーの部活開始時間は早い。
なにしろ部員が円滑に部活をするためのマネージャーだ。部員より早く着き、ボールを出したりドリンクを作ったりしなければならない。

あーもうこれは遅刻も遅刻だ。完全に迷惑をかけた。
心の中で部員たちに謝り、少しでも早くコートに着くために走るスピードを上げた。

廊下を曲がると腕組みをした日吉先生が壁に寄りかかっていた。
どうやら窓の外を見ているらしい。この位置からは校庭がよく見える。

日吉先生が名前の足音に気づきこちらを見た。
顧問をしているテニス部の様子でも見ていたのだろうか?自分もテニスをしたい、わくわくする、そんな顔に見えた。

窓から溢れるオレンジ色の夕焼けを背に受けている。まるで後光のようだ。髪に光があたってきらきらと綺麗で、いつもより柔らかな雰囲気を醸し出してる。

そんな日吉先生に思わず忙しなく動かしていた足を止めた。

「名字、そんなに急いでどうかしたのか」

夕焼けのせいかなんだか儚い日吉先生に話しかけられ、どきどきと心臓が動いた。

「え、あの、ノート回収でノート出すの忘れて、」

それを聞いた日吉先生がふん、と鼻で笑う。

「確か今日のノート回収は国語だったな。5時間目か、…寝てたのか?」

「うっ…ま、まあ」

「まあ、じゃないだろ。まったく、少しは真面目に授業を受けろ」

日吉先生のもっともなお言葉に首をすくめた。少しいじわるで冷たいけど、生徒のことを思って言ってくれる日吉先生。
好き、だなあ…なんて。
先生と生徒なんてつりあわないし叶わない。先生の前に色気のある大人の女の人が現れたらそっちを選ぶに決まってる。

…付き合うどころか、ましてや告白もしていないのに先生をとられる心配をするなんて、と名前は思った。
叶うかもわからない想像ばかりしてしまう。これが片思いなのかな。

「なあ、」

日吉先生が1歩こちらに足を動かした。

「お前の好きなヤツ、当ててやろうか」

日吉先生、それ全然質問してないです。
まるで確信があるかのように言い切った。
何でこんな話を始めるの?
授業中や部活中にずっと見ていたのがばれたのだろうか、名前は不安に駆られた。

「で、どうなんだ
言っていいのかダメなのか言え」

もちろんダメに決まっている。告白する前から本人に失恋を教えられるのは心が痛い。本当に告白するか否かは別として。

「あ、のダメです」

「へえ、なぜ?」

こっちの方がなぜだ。なぜいつ失恋するかわからない心臓に悪い話をしなければならないんだ。もういやだ。日吉先生と会話出来て今日はラッキー!とかそういう問題ではない。

わたわたし始める名前を静かに見つめる日吉先生。
な、なんですか……。

腕を組んで名前をまっすぐ見つめゆっくり名前に近づいた。

「ひよしせんせ…」


キス、された。

柔らかかった。普段いじわるなことばかり言って、突き放して、でもかっこよくて魅力的で。生徒はみんな先生に恋してて。先生の態度とは裏腹に唇は柔らかくて。
なんで、キスなんか、

「だれにもいうなよ」

息がかかる距離で自分の唇に人差し指をあて、いたずらな笑みを浮かべ2人だけに聞こえるような小さな声で言う。

静かな廊下には窓から漏れるボールの音や部員の声が聞こえていた。

2人だけの、秘密。

(150302)
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