小説 | ナノ

▼ カエサルはキスをした

静かな放課後の教室で名前と2人、勉強をしている。
なんでも明日小テストをやるとかで、その小テストがかなり大事らしい。
まったく勉強をしていなければ理解もしていない名前に先ほど泣きつかれた。
自分の復習も兼ねて勉強を了承して、今に至る。

「この問題は?」

「それなら古文単語だ
珍しい活用をするからこれで覚えればいい」

「あ、本当だ
ありがとう」

名前は黙々と古文の勉強をしている。
わからないところはすぐ聞くのはいいことだ。
これで少しでも理解してくれるならば、教えた甲斐がある。

ふと、名前のシャーペンが止まっているのに気づき名前を見ると、名前が俺を見ていた。
いや、俺の…髪?を見ている。

「…なんだ」

「いえ、なんでもっ」

明らかな動揺を見せ慌てて勉強をする名前。
なんだ、気になる。
俺の髪がどうかしたのか。

そんな会話をした後から、名前が俺の髪を見て、俺がそれに気づき名前を見て、目が合うと慌てて勉強を再開して、また俺の髪を見て…と繰り返した。
なにか言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいだろう。
少しムッとしながら名前の古文の教科書をぺらぺらめくっていると、名前が意を決したのか俺に話しかけた。

「あの…古橋くんてハ、」

「違うが」

そく、とう…
と名前が呟いている。
…今なにを言おうとした。
悪いが俺は断じて違う。

「あの…古橋くん?…怒った?」

「怒っていない」

「そう?」

俺がこんなことで怒るわけがないだろう。
名前は知らないかもしれないが、俺は寛大な方だ。
花宮の無茶な指示に従ったり、瀬戸を毎日根気強く起こしたり、原のどうでもいい話(世間話からインモラルな話まで)を聞いたり、山崎の愚痴を聞いたり、生徒から死んだ魚の目をしていると言われたり…こうやってあげてみると、俺はかなり寛大ではないか?

こんなに優しい俺が、可愛い彼女の言葉に怒るわけがないだろう。

「…なにか言いたいことがあるなら言ってみろ」

「えっ」

俺が言った途端、名前がシャーペンを落としてこちらを見た。
…そんなに驚かなくてもいいだろう。
近くに落ちたシャーペンを拾って名前に渡すと、お礼を言ってシャーペンをいじり出した。

「あのね、えっとね、…古橋くんの…みっ右の!右の髪は、なんでないんですかね!?」

「…」

ブルータス、お前もか。

名前…なにがお前をそんなふうにさせたんだ。
いや、俺か。
俺の髪がそうさせたのか。
ガラにもなく目を見開いたぞ。
死んだ魚の目を見開いてしまった。
うっ、俺の目が疼く…!
…悪ノリだ。

「ふ、古橋くん…?」

俺が黙っているので怒ったと思ったのか、おそるおそる話しかけてくる。
可愛い。
可愛いが心はそれどころじゃない。

「前髪が邪魔なんだ」

「そ、そうですか」

名前が無理矢理笑って勉強を再開した。
まあいい。
誤解は解けただろう。

「まあ古橋くんがハゲていようと好きだけどね」

名前が問題をノートに書きながら言う。

「それは喜んでいいのか」

「もちろん!」

名前の笑顔が眩しい。
彼女は悪気はないんだな、そうだな。
こんなに悪意のない悪意はあるのか。
悪意のないことが悪意なんて。

「…俺はハゲていない」

「あ…はい」

シュンとする名前はやはり可愛かった。
俺の心は少し傷ついたが癒しのゲージは溜まった。

「さっさと終わらせよう
暗くなってきたから帰るぞ」

「うん」

名前は最後の問題を解こうとしていた。
あと少しか。
暇なので頬杖をついて考える。
今更気づいたがあれはプロポーズではないか?
俺は年寄りになりいつか髪が薄くなるときが来るだろう。
それでも俺を好きということか。

「…俺も好きだ」

「え?」

俺がぽつりと呟くと名前は顔をあげた。
顔をあげたせいで顔が近い。

「俺も、名前がおばあさんになっても好きだ」

「?おばあさん?
…プロポーズ?」

「フッ…そう思うならそれでいい」

思わず笑みがこぼれた。
名前のぽかんとした顔が面白い。
どんどん赤くなる顔がとても愛おしい。
キスしてしまおうか。

チュ

身を乗り出してキスをした。
目を閉じることも忘れ、お互いを見つめあった。

「ふるはしくん…」

「好きだ」

何回でも言っていいか?

(150403)
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