小説 | ナノ

▼ 寂寥

春の匂いがする。
爽やかで柔らかくどこかうきうきする。
でも切ないような気持ちもあって、複雑な気持ちだ。

花宮と名前は街を歩いていた。
春休みで今日は部活がなく、天気がいいので散歩をしている。
太陽が1番高くてなんとなく暑い。

「今日服着すぎじゃねえか?」

「うん、暑い」

「脱げばいいだろ」

そう言われて上着を脱ごうとするとなにも言わずバックを持ってくれた。
お礼を言って脱ぐと幾分か暑さが和らいだ。

「あ、あそこ花咲いてる」

「…ああ、そうだな」

名前が少し前の木を指差すと花宮がそう答えた。

「鼻がむずむずする」

「…花粉症かよ…」

花宮が眉を寄せて名前を見る。

「名前チャン現代っ子だからさー」

花宮と違って、と付け加えると、あ?と怖い声が聞こえた。

「お前さ、いちいちうるさい」

「ひど」

名前が花宮の前を歩く。
周りばかり見て足元を見ていないせいでふらふら歩いている。
それが花宮の不安を掻き立てる。

「で、病院には行ってんのか」

「行ってませんけど?」

「テメェはなんでそんな偉そうなんだよ」

花宮はポケットに手を突っ込んで少し大股で歩いた。
名前に追いつくと名前が花宮を見た。

「今日どこ行く?考えてきた?」

「…ついてこい」

花宮が歩く速度を上げたのでついて行く。

来たのは遊園地だった。

「…花粉症の名前チャンになにか恨みでもあるの?
屋外だと死ぬんですけど」

「だから病院に行けよ
嫌ならどっかカフェ入ったり本屋にこもったりするコースにするか?」

花宮がこう提案するあたり名前を怒ったり面倒に思ったりはしないし、むしろ心配している。
名前はそれに気がつき笑ってしまった。

悪童も優しいね

「遊園地行こう
真がわざわざ連れて来てくれたんだもん、楽しみたい」

「そうかよ」

なら行くぞ、とさっさと歩いて行く花宮の背中を笑いながら追った。

「まずは!景気づけにジェットコースターでしょ!」

「はいはい」

入場してから、名前はわくわくを抑えきれないとでも言うように走り出した。
それを花宮が止めようと腕をのばすも、届かず名前は走り抜ける。
花宮はため息を吐き名前を追い走った。
ジェットコースターと言っていたのでジェットコースターの列に並ぶのだろう。
そう予想を立てると花宮の頭に後悔が生まれた。

…あいつ地図持ってねえ

大きなジェットコースターだからそちらの方向に向かっているとしても、大丈夫だろうか。
迷子になるのではないかと焦った。

「まーこーとっ」

「おい…」

名前はジェットコースターの列の最後尾に並んでいた。
名前を見つけ呼び止めると、両手にアイスクリームを持っていた。
どうやら作られたばかりのようだ。
近くを見るとアイスクリーム屋さんがあり、あそこで買ったのか、と花宮は1人納得した。

名前がはい、両手のアイスクリームのうちの一つを花宮に差し出した。

「俺は甘いの嫌いだって言ったよな?」

「彼氏と遊園地行ったらアイスクリーム食べるの夢だったんだ
だからお願い」

そう言われて花宮はしぶしぶといったように名前の手からアイスクリームを受け取った。
夢、ということはまだ叶っていないのだ。
こいつの初めてをもらった、と花宮は少し優越感に浸った。

アイスクリームを一口、口に入れると冷たくてしつこくないさっぱりとした甘さが舌を支配した。
まあ、食べられなくもないか、と心中で妥協した花宮はまたアイスクリームを口にした。

「冷たいね」

「まあアイスだからな」

実のない話をしながら順番を待っていた。

「2名ですか?どうぞ」

ちょうど食べ終わってジェットコースターの後はなににしようか、と話しているとここを担当している従業員にそう言われ案内される席に着いた。

「次はですね、メリーゴーランドに乗りましょう!」

「嫌だ
見てるから乗って来い」

心底嫌そうな顔をして言う花宮は名前の手をさり気なくとる。

「え、真を1人にしたら逆ナンされるじゃん」

「さっき1人にさせたやつは誰だよ」

ふらりと花宮が歩き始め引かれる手のままに着いて行く。

「私かな」

「お前だな」

と会話するととりあえずメリーゴーランドまで歩いた。

メリーゴーランドに着くと案の定子供や女性と言っても結構若い人ばかりだった。
メリーゴーランドのまわりには乗っている人を待つ男性や親がいた。

「…ああわかった
一緒に乗ってやる」

その代わり夜な、と言うので名前は了解した。

日が暮れて約束通りメリーゴーランドに乗ることになった。
花宮が先導して歩く。
何度も馬を通り過ぎていくので馬を選んでいるのかと思えばそうではなかった。

「ここでいいか」

「いいよ」

花宮がここ、と言ったのは馬車だった。
カボチャのような少し丸みを帯びた屋根付きの馬車に向かい合って座った。

大きな音がして回り始めた。
一定の速度で回るメリーゴーランド。
夜の暗い中に馬や馬車が明るく照らされている。
2人は無言で回る世界を見ていた。

「名前」

「なに?」

名前は呼ばれたので花宮の方を向いた。
すると少し立ち上がって馬車の適当な場所を掴み名前の目の前にいる。

「立つと危ないよ」

そう言うも花宮は座らなかった。
花宮はそのまま名前に近づきキスをする。

「なあ」

「俺といて幸せか?」

突然そんなことを聞かれて驚いた。
花宮もそんなことを聞くのか。
花宮の目が揺れた。

「真は頭がいいんだからそんなことわかると思ってた」

「俺が最善を尽くしても名前が満足しなきゃ意味ねえだろ」

明るくて軽い音楽に合わせて真剣な話をする花宮をじっと見つめた。

「真、座って?」

名前が少しつめると花宮が隣に座った。

「私は真がいるから幸せだよ」

「…」

名前が言っても花宮は無言だった。

「真とずっと一緒がいいな」

「そうかよ」

名前がそう言って花宮の腕に自分の腕を絡めた。
花宮はそれを振りほどかなかった。
簡単な言葉で花宮は理解する。
決して単純だからではなくて、その一言や声色ですべてがわかるからだ。
満足したのだろうか。
迷いはどこかへ消えたようだ。

きらきらしたメリーゴーランドの中で花宮は今なにを見ているのだろう。

メリーゴーランドと軽快な音が止んだ。
回る世界から鮮明な世界に変わり少し違和感があった。
早々に他の客が馬や馬車から降りて次のアトラクションに乗ろうと出口に向かう。
2人はしばらく動かずに前を見ていた。

「名前」

花宮がそう呼んで名前の手を握ると再び名前にキスをした。

「離れんなよ…」

…なんて、な。

(150321)
寂寥(せきりょう) :
心が満ち足りず、寂しいこと
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