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▼ 待ってる

「待ってる」

振り向きざまに青峰が言う。
高校生活最後の屋上から見た空はよく晴れていて、

「大輝の好きな青空だよー」

「いつ誰が好きって言ったんだよ」

さつきか?と呟く背中に抱きついた。

青空だった。心がすっきりした状態を、空が表現してくれているようだった。

数日前、春からアメリカで暮らすことを大輝に報告した。
それを聞いた大輝はとても驚いていて、金魚のように口をぱくぱく動かし「おま…」とかなんとか言い出した。
それからバスケで鍛えた腕を組み、俯きなにやら考え、私を見てなにか言おうとしてはまた考え、を数回繰り返した。
その後、考えがまとまらなかったのか、強い腕に引っ張られ「なに」と言う間もなく抱きしめられた。
筋肉の形やら温かさが伝わって嬉しい。
守られてるって感じる。
ぎゅうう、といつもより強い抱擁に苦しさを帯びた声で聞いた。

「どうしたの」

「なんでもねえよ、」

うそ
心の中で言った。

付き合って1年経ったある日のお家デート。
大輝の家で2人して暇だー、と言いながらごろごろしていた。
大輝がなにか考えごとしていてつまらないので話しかけてみた。

「もし私が別れてって言ったらどうするー?」

するとベッドに寝転がっていた大輝がすぐさま起き上がり、見たこともないような怖い顔で言った。

「…別れてーの?」

怖い。睨んでる。

「もしもの話だよ」

「おい、びっくりさせんなよ
今お前との結婚生活のこと考えてたのによ」

…ん?
今なんて言ったこの人。

「…あん?」

沈黙になりどうしたんだという風にこちらを見るので私も見る。
するとみるみるうちに顔が赤くなり慌て出す大輝。

「おい、今の忘れろ!」

「う、うん」

あまりに驚いたので思わず頷いてしまった。

なにも考えてなさそうな顔して先のことまで考えていたとかなにそれ大輝素敵。

「つーかなんでお前急にそんなこと聞いてんだよ」

「暇だからもしものこととか考えてたんだけど、」

そこでくぎり真剣な目で大輝を見つめる。
大輝もつられて真剣な目をして見る。

「もし大輝が浮気してたり、大輝に別れてって言われたらさ…なんかもう殺そうかなって」

すると大輝がフッと笑った。

「上等じゃねーか、名前。
俺もそう思ってた」

にやりと口元を緩ませ片手を私の後頭部にのばす。
素直に引き寄せられると喰われるかのごとく口付けられた。
唇を離すと抱きしめられ耳元で大輝が囁いた。

「だからさっきも答えによっては殺そうと思ってた」

大輝のすべてで身体が震え上がった。
喉の奥でくつくつと笑う声が聞こえる。
まるでオオカミのようだ。
震えたのは恐ろしかったのではなく。
とても嬉しかった。

いまだ大輝に抱きしめられたまま考えていると、ベリッと効果音がつくくらいの強さで大輝が離れた。
大輝を見るといつもより真剣な顔して、やはり怖い。

「なんでもっと早く言わねーんだよ」

眉間に皺を寄せて尋ねてくる。
そうすりゃ俺も行ったのによ…、この呟きはちょうど強くなった風にかき消された。

今日は卒業式だった。
さつきが号泣してたから、泣き止むまで背中をさすってあげた。

少し涙がおさまったのか、笑ってこちらを見た。

「名前、3年間大ちゃんと一緒にいてくれてありがとう」

…この子は。
友達と離れて悲しいとか、桐皇のバスケ部から離れたくないとかないのだろうか。
大ちゃん大ちゃんって言って、私よりも大輝と近くて、昔は嫉妬した。
気付いてないだけで大輝のことが好きなんじゃないかと。
でも今は大輝が嫉妬するくらい仲良くなり、楽しかった。

「さつきありがとう。大好き」

大学生になっても、と言いかけて、止めた。離れてしまうんだ。

親の転勤でアメリカに行くことにした。
一人暮らしすれば良いのだろうけど、私のやりたいことがアメリカの方が進んでいたからついて行く。

結婚のことを真剣に考えていたのは、大輝だったのかもしれない。

私は結局、自分を優先させた。

さつきと別れた後、大輝と屋上に出た。
高校生活最後の屋上から見た空はよく晴れていて、

「大輝の好きな青空だよー」

「いつ誰が好きって言ったんだよ」

さつきか?と呟く背中に抱きついた。

「ここに来るのも最後だな」

「そうだね」

大輝に言われて悲しくなった。
ここで大輝とご飯を食べたり昼寝したり、さつきも入れて3人で話したり。ただ、楽しかった。

「なあ、名前」

答えられなかった。心の中でなに、と答えた。涙が溢れた。
思い出もどんどん溢れた。
好きだよ、大輝。
一緒に戦って、泣いて、楽しんで。

大輝が屋上の柵へ近づく。
そして振り向きざまに青峰が言う。

「待ってる」

あと数時間でこの飛行機は日本に着陸する。

実に8年振りの帰国に、緊張感が高まる。
周りはアメリカに観光した帰りのようで、わいわい話していた。

あれから毎日勉強だった。
少しでも知識を身につけ、早く日本に帰り知識を活かしたい。
大輝に会いたい。
それがすべての原動力だった。

アメリカの教授が10年と言ったところを8年で終わらせた自分を褒めちぎりたい。
どれだけ頑張ったの、私。

飛行機の小さな窓から外を見る。
よく晴れている。
こんなに晴れていると、あの日を思い出す。
大輝が「待ってる」と言ってくれたあの日を。

会いたいと思う反面、会いたくない。
大輝が私のことを忘れたりとか、他に好きな人ができたりとか可能性はあるから。
怖い、やだ、会いたい、好き。
ぐるぐる考えているが時間は待ってくれず、飛行機は日本に着陸した。

離陸するときのあのなんとも言えない浮遊感は着陸も同じで、少し気持ち悪かった。

スーツケースをなんとか見つけ、今日はさつきの家に行く約束だから、と荷物の最終確認をした。

ロビーに着いたので一度立ち止まった。
高いところにある案内板を見て出口はどこだ、ときょろきょろする。

「あ、あった」

出口を発見したので歩き出すと後ろから「おい、」と声をかけられる。

なんだ疲れてるんだ、と思いながら振り返ると、大きな男の人が立っていた。
見上げると首が痛い。

「おいおいまさか忘れてねーだろうな?」

どこか聞き覚えのある低くて艶やかな声。
そういえば大輝の声大好きなんだよねえ。
それにしても似てるなあ。
…まさか

「え、え?…まさか」

よく見れば大きな男の人は青い髪に褐色の肌。
うそだ、だって帰るの今日って教えてないよ
怖くてなんの連絡もしなかったよ

男の人は私の腕を掴んで自分の方に引き寄せ、ぎゅうう、と強く抱きしめられた。

「なあ、名前」

「な、に…」

「待ってた」

(150309)
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