▼ 美味しい匂い
くんくんくん
「…」
すーはーすーはー
「…さっきからなんだい?」
名前は赤司の肩から顔を出しあたかもそれが当たり前かのように答えた。
「匂いかいでる」
「…くすぐったいからやめてくれないか」
日曜昼下がり
赤司の部屋にある大きな窓から強すぎない日差しが降り注いでいる。
珍しく休みの赤司の手には『カエサルが皇帝になるまで』。彼の愛読書である。中学生のくせに小難しい本を読んでいるとかはご法度だ。彼はその本を実に面白い、と思いながら読んでいるのだ。
そんな赤司の部屋に名前は突撃してきたのは赤司が本を読み始めて間もない頃である。
インターホンがけたたましくピンポンピンポン…と鳴り、誰だ…と少しうんざりしながら見に行けば、口をへの字に曲げた名前がいた。
やあ、と軽く手を上げて挨拶すると無視だった。
彼女曰く暇だったから来た、とのこと。
「休みなのに彼女を呼んでくれないなんてつれないな、赤司くん」
どうやらご立腹のようだ。
こらしめてやる、とどこの黄門様の真似なのかしらないが本を読む赤司の背中にぎゅうううと抱きついた。
さながらコアラの親子である。
「それは懲らしめているうちに入らないよ」
本を読みながら注意するも名前は無視のようだ。
諦めた赤司は本来の目的に集中することにする。
ああ可愛いなあ
ふとそんな気持ちが溢れた。平和だ。今日も平和でなにより。
ここで冒頭に戻るというわけなのだ。
「…ふう、お腹いっぱい」
「?お腹いっぱい?」
お昼ならさっき一緒に食べたから、まあそうなんじゃないか、そう思いながら名前を見るとずいぶん幸せそうな顔をしていた。
「んーなんて言えばいいのかな
本当に食べたいわけじゃないけど、美味しい感じ。赤司くんの匂いだけで生きていけるくらい美味しいの。」
それを聞いた赤司は一瞬きょとんとした顔を見せたがすぐにそれは変わった。
「ああ、わかった
名前が言いたいのは、幸せでお腹いっぱいってことかな?」
口に軽く手をあててくすくすと笑う赤司。
名前の言ったことが面白かったらしい。つられて面白くなる。
「さすが赤司くん、頭の回転が速い」
名前は感心した。
「面白かった?」
にっこり笑って赤司に尋ねた。
「ふふっ、…ああ、面白かった
満足だ」
たくさん笑って涙が出たのか、目尻あたりを白い指で触ったから少し驚いた。
「赤司も泣くの、」
「これは生理的な涙かな
でも僕も泣くよ」
「名前がいなくなったりとかね、」
伏し目がちにそう答える赤司にまた驚く。
するとそんな名前を知ってか知らずか、すぐ先程のように笑い始めた。
「なんてね」
「えっ、嘘!?」
「くすくす」
ずっと笑っている赤司
からかわれた…でも不思議と悪い気はしなかった。
赤司くんを満足させられて、良かった。
名前はまたお腹いっぱいな気分を味わった。
(150303)
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