小説 | ナノ

▼ 震える鼓動を聞かせて

最近調子が悪い。
体調が優れないというか、計算ミスが多いというか、とにかく上手くいかない。
なにか原因はないのかと身の周りを思い返してみたが…精市も弦一郎も変わらず元気であるし、丸井と仁王が毎日赤也を巻き込んで悪さをするのもいつも通り。少しは控えて欲しいものだ。
それを柳生とジャッカルが見守るのも変わらない。
これと言って変わったことはなさそうだ。

ただ一つ気になることがある。

『柳くん』

あの声、表情の一つ一つを取っても身体の血液が熱を持ち激しく働く。
心臓からよくわからない液体のようなものが湧き上がってくる感覚。
首を絞められているような、動くことも簡単に出来ないような、そんな錯覚が俺を支配する。

「柳?どうしたの?」

「…ああ、精市」

考えこんでいると精市が俺の顔を覗き込んでいた。
その行動に男だというのに少し胸が高鳴るのが悔しい。
お前のようにきれいな顔立ちや振る舞いならこんな悩みなんてないのか?
そう問うてしまいたい。

「重症、だな」

自分がなにに悩んでいるのかわからないなんて 参謀 らしくない。
そしてそれを誰かに、精市に八つ当たりしようなど。

「え?」

「いや、こちらの話だ」

俺が急に呟いたせいか精市はきょとんとした顔をする。

「なに?言ってみなよ、きっと力になれるよ」

ねえねえ、と言う精市はまるで子供のようだ。
ふう、と俺が息を吐けば精市は笑う。

「そうやって面白がるのはやめろ」

「あはは、バレちゃった?」

肩を震わせながら笑う精市が俺を問い詰めた。
どうかしたのかと。
こうなると精市はしつこい。
仕方なく話し始めると精市も真剣な顔をするのでやはり俺たちの部長なのだと痛感した。
…きっと明るく振る舞う中で心配していたんだろう。

「…へえ
ねえ、それって多分さ…」

精市の含んだ言い方に自分になにか悪いところがあるのかと少し不安になる。
俺はなにかの病気なのか。

「…なんだ?」

「あ、ちょうどいいところに
名前ちゃーん!」

「!?っ精市…!」

おかしい、やめろ精市。
勝手になにをしているんだ。
名前が近づくと行動が制限されるんだ、苦しくてとにかく名前に触れたい…。

…?触れたい?

「柳くん、なにかあった?」

精市に文句を言おうとするがとっに消えていた。
今俺を呼んだのは名前。
ふわふわした雰囲気で笑顔が年相応な可愛らしさを持つところが良いと思う。

「俺は、その…」

「?柳くん?」

「…なんでもない」

不自然だったか。
なにを話せばいいのわからない。

俺が黙ると名前は「柳くん」と言って俺を見つめた。

「…柳くん、あのね」

視点が定まらないまま話す名前がいじらしい。
優しく待とう。
それくらいの余裕がこの柳蓮二にもあるはずだ。

いつもより少し近い気がする。
名前の手が俺の腕を掴む。
…ああ、また心臓がどくどくとうるさい。
なにが理由かは知らないが苦しい。
掴まれた腕から汗が滲み出て来そうだ。
温かいより暑い。
俺は暑いのは苦手で今はとにかく名前に触れたい。
その白い手や俺を見上げる瞳にもっと近寄りたい。
俺の手を名前と触れ合わせたい。

…だめだ、なにを言っている?
俺はどうしたんだ。

「申し訳ない
少し…少し待ってくれないか」

「え…うん、大丈夫だよ」

名前から離れるために手を握ると男の俺とは違う柔らかな曲線や優しそうな指先に目を奪われた。
眩しい昼間に思わず目を見開きそうになる。
この手にならなにをされても構わない。
そう思った。

「…なにか言いかけていたな、どうかしたか」

なるべく平常心で話しかける。
俺の病的なまでの心臓の音は聞こえていないだろうな。

「あ、あのね…柳くん
…好きな人とか、いる?」

「…聞いて、どうするつもりだ」

正直なぜこんな返答しか出来ないのかわからない。

「えっと…私は柳くんが好き、なので」

ぶわっと赤くなる名前の顔を見て俺は顔が熱くなるのを感じた。
暑いし汗をかいてきた。
目の前の名前と目が合う。
変に喉が渇いて名前と目を合わせるのも苦しい。

俺はやはり体調が優れないらしい。
鼓動がうるさいなんてこの柳は恋でもしているのか。

「…そうか、そういうことか」

「うん?」

合点がいくとするりといつもの俺に戻ることが出来た。
清々しい気持ちだ。
俺はやはりこの俺が合う。

「どうやら恋をしているらしい」

「…恋、」

「その顔は失恋だと思っているのだろう、確率は…ああ、いや」

ふっと笑いがこぼれた。
なんだ、冷静になれば俺は初めから恋をして特有の苦しさにもがいていたのか。
いつも確率を考えているくせに専門外になると脆いな、俺は。

「名前」

「は、はい」

「好きだ」

呟いてしまえば簡単だった。
優しく抱きしめることも簡単だった。
名前。

「えっ、柳くんほんと…?」

「ああ」

驚いた顔で俺を見る名前に微笑んだ。

「どうやら俺は恋煩いにかかっていたらしい」

「恋、煩い…」

名前がおうむ返しをするので「ああ」と返す。

「意外そうな顔だな」

「だって…計算を駆使して相手を落としそうだし…」

俺はそんな風に見えるのか。

「いや…恋だと気づかなかった」

「…それこそ意外」

そう言って笑う名前はいつも以上に可愛い。

「名前、頼りないと思うがこれからこの柳蓮二をよろしく頼む」

「こちらこそ」

この笑顔が俺のものなんだと思うと新たな動悸で息が苦しかった。

(150508)
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