小説 | ナノ

▼ なにも言わなくていい3

煌びやかな船上ではまだ幼い顔立ちが何十人も揃っており、会話を楽しんでいた。
日米親善大会の前にテニスとバスケの合同パーティに招かれた少年たちだ。
その中で目を引くのは赤や黄色といったカラフルな髪、アイスブルーの瞳を持つ少年を筆頭にどこか鋭い雰囲気を纏う集団、ガタイのいい外国人チーム…。
見た目に一癖二癖あり、お互い馴染めないのではないか、そうかと思えば終始笑いに徹する集団がいたりする。
カラフルな髪たちが洒落たグラスを片手に会話をしていると、ふと自分たちより少し幼い集団が目に入った。

「ずいぶん大きい人もいるんだなあ、やっぱりバスケって背が伸びるだね」

大石がローストビーフを口にしながら言う。
さまざまな食事が並んでいるテーブルには大石のよく知る面々がいる。

「なに緊張してんだ大石」

跡部がノンアルコールのシャンパンを大石に渡した。
すると後ろから真田が歩いて来る。

「強者が集まっているな
俺の腕が鳴る」

「真田…切原くんと丸井が喧嘩してるよ…」

大石が指を指す方を見ると「この肉がああだ」だとか「それは俺のだ」だとか癖っ毛の少年と赤毛の少年がギャアギャアうるさい。

「…失礼する
…赤也!丸井!騒がしいぞ!」

そんな叫び声が一番うるさいね、と幸村が白石に謝ると白石は「ええよ」と笑った。
2人は窓の近くで外に広がる闇を見つめていた。

「幸村クン、今回の日米親善大会どう思う?」

白石が海に浮き上がる月を見ながら聞く。
すると幸村は会場の中をぐるりと見渡した。
そこには自分たちよりはるかに強そうな選手がたくさんいた。

「日本代表として選ばれたからには負けられない」

幸村が白石に言うと「かたいなあ」と声がして、そちらを見れば見慣れた美少女。

「まあ当たり前か
お前ら日本人はバカにされているぞ」

名前がそう言うと幸村や白石だけでなく、跡部たちも驚いて彼女を見つめた。
リョーガの妹でリョーマの姉である名前がなぜここに?
跡部達と同い年で兄弟揃ってプロのテニス選手の名前はいたって真剣な顔で言った。
越前リョーガ、名前、リョーマ…圧倒的な強さから『テニスの越前一族』と呼ばれ彼女は『東洋の魔女』とも言われている。
綺麗な顔をしてスタイルもよく日本人女性にしては170cmと高身長で、よくメディアは『美少女がコートで舞う!』などと報道する。
しかし跡部たちはその内面が男勝りで好戦的で乱暴口調だということを知っている。
U-17の頃に兄弟喧嘩をしてみんなを困らせたり、男2人相手にプロレス技をかけて一人勝ちするのはよくある光景だった。
跡部たちは「(あの暴力女が来た、だと…?)」と内心焦った。

「何しに来たんだ?」

跡部がそう聞くと名前は鼻で笑った。

「お前達がビビっていないか様子を見に来ただけだ」

「コシマエとコシマエの兄ちゃんは?」

遠山が問うと名前は首を振る。

「あいつらはこのパーティには招かれているけど興味がないからきてない」

「そんなあ〜、ワイ、もう一回勝負したかった〜」

「ああそうだ
全米オープン、出場するんだってね、おめでとう」

幸村が笑って「兄弟全員だなんて、本当に『テニスの越前一族』だね」と言った。
そうなのだ、兄弟揃って出場を決めたので日本メディアは大きく報道したのだ。

「んー…別にそんなことはないと思うけどな」

「いやいや、すごいで名前ちゃん
きっと名前ちゃんが努力したからやなあ、ほんまおめでとう」

白石はいつの間にか名前の隣にいて、名前よりも名前の出場を喜んでいるようだった。

「それに、」

「?」

突然白石が頬を紅くするので名前はなんだろう、と首をかしげる。

「テレビ越しやけど…名前ちゃんどんどん綺麗になるなあ」

「…っ!?なっ、バカ!
ここで言うことじゃないだろ!?」

名前も頬を赤くして白石の背中を叩く。
「いや力強いわ…」と白石が呟くが名前には聞こえていないようなので、白石は苦笑した。

2人の会話に跡部たちは「ああ、またか」とため息を吐いた。
真田は「たるんどる!」と怒るし切原は丸井と「白石さんまだ名前さんに告白していないんスかね?」「あの二人、U-17でそれなりに仲は良かったけど、いざとなると恥ずかしがってまだ恋人未満じゃね?」と話す。
「早く付き合えばいいよ、丸くなるんじゃない?丸井みたいに」と幸村が言うと「それどういうことだよい!?」と丸井が声を荒げるので幸村は笑った。

「そうだ、お前たちに差し入れだ」

と言って差し出したのはごく普通のタッパーだ。

「?なんだ、これは?」

「愛情たっぷりのレモンの蜂蜜漬けだ」

跡部がしげしげと見つめて聞くのでタッパーを差し出す。
跡部は興味があるのか中をちらりと覗くと、切っていないレモンに何匹か死んでいる蜂が蜂蜜に浮いている。
それを後ろから覗いていた者もいて、その誰もが「(だから食べ物じゃねえ…)」と思った。

「?遠慮するな
あ、丸井食えよ」

ほら、と言うが丸井は断った。
名前の料理は料理の域を越えているのを全員U-17で知っている。

「ハッ、こんな物は食えねえ」

と跡部がタッパーを返しながら言うと名前はぶちギレた。

「あ?私が作った料理が食えないだと?
この猿山の大将、ナルシストが
バーカ!」

「だから何回も言ってんだろうが、お前のソレは料理じゃねえ
まずレモンは洗ったのか?包丁を使う選択肢はないのか」

「洗ったわ!
包丁なんて使わなくても食えんだろ!」

「だから…!」

跡部と名前の喧嘩が始まった。
いつもの光景なので誰も止めずに各々の好きなことをし始める。

そんな賑やかな名前たちの方を見ている者がいた。
黒子だ。

「どうしたの?」

桃井が黒子に声をかける。

「あの人たち、賑やかで楽しそうだなと思っていました」

「あっ!あの人、東洋の魔女じゃないッスか?生で見るのは初めてッス!」

喜ぶ黄瀬に青峰は首をかしげる。

「誰だよ?」

「越前名前だ
プロのテニス選手で彼女の兄弟もプロ
圧倒的な強さを持つ彼らはテニスの越前一族とも言われ、彼女は日本女子テニス界で最強の女さ」

赤司が説明した。

「今回の全米オープンを兄弟揃って出場を決めた、まさに天才で最強の兄弟なのだよ」

緑間がそう言ってメガネを押し上げた。

「きーちゃんよりもイケメンがいるよ」

「桃っちヒドッ!」

なんて冗談をいっいると黒子たちと試合をするアメリカ選手たちがぞろぞろ会場に入って来た。
黒子たちと同じ高校生だが体格、身長が一回り大きく、とても同じ高校生には見えない。
そしてなんと言ってもガラの悪い連中である。
嫌な噂も絶えず、黒子はどうしても霧崎第一のようなイメージをしてしまった。

真田が眉をひそめ「なんだ、あいつらは」と言った。

「バスケの日本代表たちが戦う相手だよ」

「なんなのだあの刺青は!同じ学生として許せん!」

名前が説明すると真田が大きな声で説教をした。

「バカ!大きな声を出すな!
…敵に回したくないんだよ」

いつも好戦的な名前が敵に回したくないと言ったので跡部たちはそれ程の選手なのだと少し恐れた。

アメリカ選手たちが好きに食事をしていると突然、リーダーだろうか?仲間からナッシュと呼ばれている彼は「日本のバスケはバスケじゃねえよ、猿のバスケ」とバカにして笑った。
それを聞いた跡部たちは同じ日本人として許せなかった。
最も怒っているのは黒子たちだろうが、そこまで言うことないだろうと思う。
例え言うにしても自分たちだけの場で言えばいい。
体格が少し違うからと言って日本人をバカにしているのだ。

黒子がナッシュたち前に現れた。
名前や跡部たちは「アイツいつのまに?」と驚く。

「なんだよ?」

「今の発言取り消して下さい」

ナッシュはその言葉を聞いて黒子を睨みつけた。

「バスケが好きな人たちに対する侮辱です
そういうのはよくないです」

と黒子は真っ直ぐな瞳で言うとナッシュは立ちあがり黒子を思いっきり蹴った。
黒子はぐらりとテーブルにぶつかり倒れる。

「テツくん!」

桃井たちが黒子の元に駆け寄る。
ナッシュが今度は青峰に向かって殴りかかろうとするが誰かに腕を捕まれた。

「おい」

思っていたより高い声にナッシュは驚く。
腕が動かない。

「(女に止められた…?)」

「お前、これ以上暴動を起こすのはやめろ」

急にいないと思ったら名前は黒子たちの喧嘩の仲裁に入っていたので跡部たちは驚いた。
同時に嫌な予感しかしなかった。

「お前、さっきの発言なんだ?
ずいぶん日本人を舐めているんだな」

名前が言うとナッシュは笑った。

「お前たち越前一族のような強い兄弟は侮辱しねえが」

そこで区切って黒子たちを睨みつける。

「コイツらのような猿は侮辱したくなる」

と言った。
赤司たちは怒り心頭に発した。
ナッシュの仲間の1人が「テレビで見るより美人じゃん」と笑い「日本人の女はガキっぽいしあんたのような綺麗な女と遊びたかった」と言って名前の肩を触った。
それをきっかけに名前はその選手を睨みつけた。

「テメエ誰の肩を触ってんだよ」

ああ、終わった。
跡部たちは頭を抱えた。
名前が触ってきた選手に思いきり足蹴りをした。
名前の蹴りをモロに食らい、ガッシャーン!と大きな音を立ててテーブルとともに倒れた。
その光景に黒子たちは目を丸くした。
女の子が氷室もきっと顔負けの足蹴りをして、そして自分よりも一回り大きな男が遠くで倒れてしまっている。
懲りないのか、負けられないのか、もう1人の仲間が名前を殴ろうとするが名前に腕を捕まれ捻り上げ先ほどの選手のところまで蹴り飛ばした。

「私に触れるなんて百年早いんだよ」

そう言うとふっ飛ばした2人の前に立ち胸ぐらを掴むと低い声で囁いた。

「次はお前らの首の骨折るぞ?」

ナッシュの仲間たちは名前の強さにビビってしまった。

「チッ…今日は魔女に免じてなにもしねえよ
だがな、試合じゃどうなるかな?」

首洗っとけ、と言い残して会場から去って行った。
大石が黒子の怪我を治療すると黒子は名前に近づいた。

「助けてくれてありがとうございます
…正直、どっちが悪者か分かりませんでした」

「…お前なんでアイツに歯向かったんだよ
あんなの無視すればいいのに」

黒子の呟きを無視して名前は黒子に聞いた。

「…同じバスケをする者として許せませんでした
僕はバスケが好きです
あんな奴らに絶対負けたくありません」

黒子は名前の目を真っ直ぐ見つめる。

「リョーマに似てる」

「え?」

名前が呟いたので黒子は聞き返した。

「負けず嫌いなところがな」

と言って黒子の頭を思いきり掴んでわしゃわしゃと撫でる。

「負けたくないって、当たり前だ
お前らのおかげで私は全米オープンに出られなくなったんだからな」

「…すみません」

黒子が謝ると「別にいい」と名前は言った。

「見た目は綺麗なのに、なんでこんなに怖いんスか…」

黄瀬が言うと丸井が小さな声で言う。

「女は見た目じゃねえよ
大事なのは中身だろい」

「…女子とは思えない力なのだよ…」

緑間は丸井に言うと丸井は苦笑した。
まったくそれはこちらのセリフだ、と。

「まあ兄弟の中でも力は強いよ
あ、レモンの蜂蜜漬けやるよ」

それを黒子が受け取る。
東洋の魔女が作った料理が食べられる…!
そう思い黒子たちはわくわくした様子で開ける。
跡部たちはそっと目を閉じた。

「…」

そこに広がるのは桃井よりも酷いレモンの蜂蜜漬けだった。
レモンの蜂蜜漬けというより最早地獄。
なぜか死んだ蜂が何匹か浮いている。

「(レモンと蜂を蜜に漬けてどうすんだよ…)」

黒子たちは静かにフタを閉めた。

(150513)
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