小説 | ナノ

▼ なにも言わなくていい

美しい

見た者は第一印象にそう思うだろう。
テニスコートで活発に動き回る体に、つやつやと太陽の光を浴びる深緑のロングヘア。
彼女は極東から進出し、世界を喰らってしまうのではないか。
すべて彼女の手の届くところにある。
そう謳われた。

「白石〜お前ホント羨ましいな!
あんな美女と婚約なんてよ」

同僚が酒を飲みながら白石の肩に腕を回した。
今日は白石の婚約を祝うために開かれた飲み会である。
白石の婚約相手と言うのは、『テニスの越前一族』で『東洋の魔女』と言った通り名を持つ元プロテニスプレーヤーだ。
テニスの越前一族と言うのも彼女には兄と弟がいて、この2人もテニスプレーヤーなのだ。
小さい頃から3人でよくテニスをしていたらしい。
元、とは白石と婚約すると同時に引退したからだ。
両立しない、潔い選択にメディアもファンも大変驚いたのは記憶に新しい。

「白石もテニス上手いもんなあ
テニスで繋がるなにかがあったってことか?」

酒が入りテンションの高い同僚に絡まれて、白石は思わず苦笑する。

自分だけでいい。
名前のすべてを知るのは。
だから本当は誰にも言いたくなかった。
ただでさえ美女とメディアに取り上げられこっちはひやひやしているというのに。
だが周りの人たちが喜んでくれるのは嬉しい。
そんな気持ちが入り混じっていた。

「まあ、そんなもんやろなあ」

白石は曖昧な答えで返した。

「おいもっと教えてくれよ〜
一緒に暮らしてるんだろ?」

「まあそやけど…」

同僚たちとはうって変わって白石は落ち着き払い、どこか憂いを帯びていた。

「…ただいま」

「おっかえり!
ご飯もう出来てるから一緒に食べようぜ!」

「ただいま
そうさせてもらうわ」

酒が入り少しぼーっとする頭を抱え家に帰ると、名前は玄関まで迎えてくれた。
テニスばかりで家事はあまりやったことがなく、毎日苦戦しながらも白石を支えている。
そんな名前が白石はとても好きだ。
兄弟の影響で男勝りなところも多々あるが、健気で可愛くて好きなのだ。

「いただきまーす!」

「…いただきます」

白石が帰るまで食べないで待っていてくれたのか、名前が大きな口でぱくぱくとご飯を食べる。
そんな彼女を見て、最近思うのだ。
…良かったのか?
こんなに元気で活発で、これからもっと活躍する彼女から…夢を奪って良かったのだろうか、と。

「?蔵ノ介どうした?」

「ん?ああ、なんでもないで」

白石は箸とお茶碗を持ったまま、どこか上の空だ。
そんな白石を名前は見たことがなかった。
いつも名前のしたいことをさせてくれて、導いてくれて、名前も白石を導く。
成長し合える大切な人。
…会社でなにかあったのだろうか。
名前は少し不安になった。

「…会社でなんかあったのか?」

「いや、ないで
今日な、婚約を祝う飲み会開いてくれてなあ」

はは、と笑う白石はやはりなにか隠しているようだった。
長年付き合ってきた名前にはわかるのだ。

名前が無言で持っていた箸をテーブルに置いた。
ゆらりと立ち上がり白石の隣に立つと、白石が持っている箸を取り上げ先ほどと同じようにテーブルに置く。

「なんか悩んでるだろ?」

「悩んでへんて
名前は心配症やな、!?」

名前が白石の二の腕をがっちり掴んで無理矢理立たせると、白石の後ろに回り床に押しつけた。
白石の腰に足の方を向いて座り、両膝の裏に腕を入れてグイッと持ち上げると、白石の逆えび固めの完成だ。

「ちょ、名前ちゃん!
痛い痛い!反ってるし恥ずかしいわ!」

「なんか悩んでるんだろ?
なんで言わないんだよ」

「それ、は」

「?」

話すから、と言うので名前は白石を解放する。
そのまま床に2人で座ると、俯いた白石がぽつりと呟いた。

「夢、奪ってへんか」

「は?」

予想外だった。
白石からこんな弱気な言葉が出るなんて、思ってもみなかった。
白石は少しだけ顔を上げ、名前を視界に入れる。

「俺…名前ちゃんの夢、奪ってへん?
もっと、もっとこれからやろ
名前ちゃんはこれからどんどん世界を手にするんや!
なのに、俺と婚約なんて、その…早すぎたんやないか…?」

名前を見つめる白石は悲しく、暗い顔をしていた。

バチッ

「いっ!?名前ちゃん…」

名前が白石の額にデコピンをする。
ものすごく痛い。
白石は額を押さえ床にうずくまる。

「バッッカじゃねえ!?
そりゃ、テニスしてた8年は楽しかった
でもそれは蔵ノ介が一緒に戦ってくれたからで…」

名前は眉間にしわを寄せ白石を見つめた。
なぜわかってくれないのだ、と強い目で見つめた。

「…それに、私の夢は大切な人…蔵ノ介のそばにいたい、こと」

驚きと同時に、なんだか照れくさくなった。
婚約者にこんなことを言わせてしまうなんて。
こんなにも自分を思ってくれていたなんて。
自分は名前の言う通りバカではないか。

「1人でそんなこと考えてたなんてバカじゃないの!?」

「いひゃい、名前ひゃんいひゃいへ」

名前が白石の頬をつねる。
痛い、けれどこれもまた良いかな、と白石は思った。

「でもな、俺はそれが名前ちゃんのためだと思ったんやで」

白石が名前を真剣な表情で見つめると、名前がキスをした。
一瞬の触れ合いだが、名前のすべてが伝わるかのような優しいキスだ。

「っ、名前ちゃ、」

「ありがとう」

名前がふんわりと笑った。
可愛くて、健気で、なんて最高の婚約者なのだろう。

「名前ちゃん、こちらこそありがとうな」

そう言って今度は白石からキスをした。
だんだんと深くなり、息もままならない。

唇を離すと白石は名前の耳に唇を寄せ、優しく囁いた。

「…今夜は俺と愛を確かめ合わへん?」

白石はそう囁きながら名前を優しく抱きしめた。

「なっ、な」

「この間したときの名前ちゃんの可愛い声が忘れられへん
もっと聞きたいんや…」

あかんやろか?
と眉を八の字にして名前を見つめる白石に、名前は顔を赤くした。
さっきまであんなに不安そうな顔をしていたのに。
名前は急に官能的な表情を出す白石をまっすぐ見つめる。

名前は白石を少し乱暴に近くのソファに押し倒した。
白石が驚いている間に名前から深く口付ける。
先ほど白石が名前にしたように、舌を絡ませると、白石の顎に唾液が伝う。

「っは」

名前が唇を離し上半身の服を脱ぎキャミソール姿になった。
少し日に焼けた、健康的な肌が間近に見え、白石は思わず顔に熱が集中した。
明るいところで名前の肌を見るのは毒だ。
きれいすぎる。

「ここでして」

「名前ちゃん、なに言うて」

「わ、私の初めてを奪ったのは蔵ノ介なんだから!」

ああ、もう。
そんなことまで言わないで。

白石は恥ずかしがってまくしたてようとする名前の唇を塞ぐ。

「ん…くらのすけ、」

「もう、ええから」

わかったから、と言う白石は名前に優しく笑った。

「好きや、名前ちゃん」

2人は光る部屋の中キスをした。

(150405)
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