小説 | ナノ

▼ 柔らかな

名前がお風呂から上がりリビングに行くと、テーブルに空のマグカップが置いてあった。

「使ったら戻してよね」

誰だ、と思うまでもなく犯人はわかっていた。
名前と日吉は一緒に暮らしている。
だから名前が使っていなければ日吉が使ったものなのだ。

名前は自分の分の飲み物を用意しようとするとマグカップがないことに気がついた。
視線を動かし探すと日吉のそばにあった。

「ああ、忘れてた」

「学習してくれる?」

「はいはい」

短い返事で流す日吉はソファでメガネをかけ分厚い本を読んでいた。
ソファの近くにある低いテーブルには新しく飲み物が入ったマグカップが2つ置いてある。
名前がソファの後ろに立ち日吉を覗き込むも、日吉は動かない。
集中しているようだ。

「なに読んでるの?」

「…恋愛小説」

「え!?なんで!?」

日吉から意外な答えが返ってきて驚くが興味が勝り、名前が日吉の腕をぶらぶら揺らして答えをもらおうとする。

「ねえねえ」

「うるさい」

何度も聞いているのに返事をしないので耳元で話しかけられると怒られた。

「忍足先輩に押し付けられた」

「ふーん」

と答えて自分のマグカップに口をつけた。

「あ、飲み物ありがとう
面白いの?」

「ああ
よくわからねえ」

よくわからない本なのに読むのか、と少し感心した。
暇だから読むのか、感想を聞かれたときのためなのか、どちらにしろ日吉が恋愛小説を読むこと自体が面白い、名前はにやにやと日吉を見つめた。

そんな名前に気づいたのか、日吉が嫌そうな顔をして本から名前へ視線を移した。

「…なんだよ」

「私も読みたいから音読して」

「はあ?なんで俺がそんなことしなくちゃならないんだよ
お前がやればいい」

と言って日吉は開いたままの本をひょいと名前に渡す。

「じゃあ読んであげる」

「…勝手にしろ」

名前が日吉から受け取った本に目を通した。

「えー、彼女はじょう、じょうばくの思いで」

「せきばくな」

「…寂寞の思いで彼が歩いた道を走った。
彼はもういない。
なぜ気づかなかったのだろう?
もっと早くに彼を追えば、追いついたのだろうか?」

一旦区切って日吉を見ると眠そうな目をしてソファに背と後頭部を預けていた。

「お前の声だと眠くなる」

声が止まったのに気づいたのか、日吉が名前を半目で見て言った。

「読むの疲れた、私も眠い」

「早いな」

名前があくびをすると日吉に移ったのか大きな口を開いてあくびをした。

「若もう寝よ…」

名前が日吉に寄りかかると、頭上からはいはい、と言う声が聞こえた。

「わかったからここで寝るなよ
邪魔だ」

「おやすみ」

「人の話を聞けよ…」

日吉が名前を見るとすでに寝息を立てていた。
名前を少し動かしてソファに寄りかからせる。
頬に手を添えると日吉は唇にキスをした。

「ん…?」

声に驚いて日吉が慌てて唇を離すと名前は相変わらず眠っていた。
苦しくなって声が出たようだった。

ほっ、と息を吐くと日吉は名前を抱き上げる。
だらん、とした体を抱き直すとリビングを後にした。

寝室のドアを開けるのに手間取ったが、なんとか寝室に入り優しくベッドに降ろした。
降ろしたときの振動に気づいたのか、名前がうっすらと目を開けた。

「起こしたか」

「わかし、はやく」

名前が手を広げて日吉を見上げた。
寝ぼけているのかにっこり笑って「わかし」と呼ぶ。

「チッ、煽るなよ」

日吉が舌打ちして名前の隣に入り頭を撫でると名前が笑った。

「おやすみ」

「ああ、おやすみ」

日吉も重い瞼を閉じ眠りについた。

(150320)
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