▼ 所詮脇役ですので
天井から床まで並ぶ本たちに囲まれてソファが並ぶ一室。
黄色い照明が柔らかな空間を作り出している。
自由に出入りできる資料室には男女が話もせずにコーヒーを飲んでいた。
「ムカつく」
「あ?」
名前がムスッとした顔でスクアーロを睨む。
ムカつく、そう言われスクアーロは飲んでいたコーヒーから目線を動かした。
名前はスクアーロと目が合うとスクアーロに向かってしっかりと言った。
「ムカつくんですけど」
「オレに言うなあ」
シッシッと手で追い払う動作。スクアーロは眉間に皺を寄せ持っていたコーヒーに再び口をつける。
くだらねえ、そんな声が聞こえるようだった。
「なんであの女はホイホイボスの部屋に入れんの」
「知らねえしどうでもいいぜえ」
名前の恨みを孕んだ言葉に律儀に返事をする。
テーブルにある本の表紙を開くと小さな文字が本の世界へとスクアーロを誘った。
だいたい、とスクアーロが口を開けば名前はスクアーロを睨む。
「あの女はボスさんの性欲処理だろう」
なにを嫉妬してやがる。
その言葉までは言わなかった。
名前が知らないわけがない。
知っているから本人に言わずこちらに言ってくるのだろう。
スクアーロは手元にある本を読み始める。
「そんなのわかってるけどさ」
わかっていても納得は出来ないようだった。
目を釣りあげてイライラした顔。納得が行かないなら本人に言ってくれ。オレを巻き込むな。
「殺っちゃうぞ」
そう言う名前の目つきは鋭く、仕事のソレだった。その執念を仕事に向けて欲しい。飽きっぽい性格の名前は任務が長いと飽きることが多い。その性格故怪我も多い。女なんだからそういうところは気をつけろと小言を言いたくなる。決して言わないもののやり場のない気持ちをふう、とため息で外に出す。
「勝手にしろぉ、ボスさんの考えてることはオレにはわからねえからな」
「スクもずっと一緒にいてずるい」
「…あのなあ」
矛先が自分に向けられ、ほとんど言いがかりのような文句に腹が立つ。
血管が浮き出そうな感覚がする。
「スクずるい」
「テメェはバカか」
「ボスの周りの人間嫌い」
「そうかよ」
「ボスを取らないで」
「ハナから取ってねえよ」
うるさい。本の内容が入ってこない。黙らせたいがじっと我慢しておく。ここで暴れたらボスやこいつと一緒だ。
「私はさ」
ポツリと名前はこぼす。今日は一段としつこい。
スクアーロは本から顔を上げ名前の言葉を待った。
「ボスの、なんなんだろ」
「…部下じゃねえかあ?」
「そこは彼女って言ってよ!」
知らねえよ。
うんざりして返事をする気にもならない。男女のいざこざに付き合うほどつまらねえものはねえ。
「そんなに自分を見てほしいなら言えばいいじゃねえか」
「言ったら嫌われるじゃん」
「言われてるオレはお前のこと嫌いになりそうだぜえ」
まともな会話なんて出来やしない。
スクアーロは首を振った。
女ってのは自分が気になる男以外にはとことんうぜぇなあ。そんなことを考えながら目の前の名前を見つめる。
相変わらずの仏頂面。怒って文句を言うくらいなら別れればいいものを。
任務で人の命を奪っているが普段は年相応である。可愛らしい顔をぶすっと曲げて少女のように自分に正直だ。
「オレに言ってる間は当分無理だろうなあ」
「なにが」
怒りで考えを放棄した名前は聞き返す。
ボスに相手にされないこの女を可哀想とは思わない。勝手にして欲しい。ただそれだけ。
この女とボスがどうなろうが関係ない。
口を開けばボスの愚痴ばかり。
矛先はこちらに向けられ言われのない言いがかり。
うんざりだ。
「お子様にボスの相手は無理だろうなあ」
「はあっ?」
遂にキレた名前は立ち上がりスクアーロに近づいた。
馬乗りになりスクアーロの胸ぐらを掴む。
「なにそれっ!スクアーロうっざ!」
「テメェのそういうとこだぞぉ」
「だから、なんなのよ」
ああん?とでも言うようにスクアーロをグラグラと揺らす。されるがままのスクアーロはヘラヘラ笑った。
首元が締まっても動揺はしなかった。この女が話を聞いてもらえればそれで満足なことはわかっている。
ただ嫉妬をぶつけたいだけなのだ。
「素直に言ったところでボスさんは怒らねえと思うぞ」
「うそだもん」
「テメェよりボスと長くいるんだ、それくらいわかるぜえ」
「…」
黙り考える名前。確かにそうだ。スクアーロの言ったことに今まで嘘はなかった。彼は誠実だ。そして嘘をつくほど器用でもない。
「スクってほんとはいい人?」
「オレはいつもいい人だぜえ」
「バンバン殺すくせに」
ハッ、とスクアーロが笑う。今更何を。
殺しは仕事であり生きがいだ。それと自分の性格を一緒にしてもらっては困る。
スクアーロは近くにあった名前の胸ぐらを掴む。仕返しとばかりに首元を締め上げると名前の顔は怒りから苦しみに変わる。
苦しんだ顔に鼻先が触れそうなほど近づくとスクアーロは口元だけ笑った。
「っスク」
「…なんでこんなやつ好きになったのか今でもわかんねえぜ」
「は?」
「そんなに嫌ならボスと別れてオレにしろ」
それだけ言うと名前の服から手を離し体を押した。
されるがまま後ろに倒れる名前には目もくれずいつの間にか放ったらかしにした本を手に立ち上がる。
「な、にそれ」
ソファに背を預ける形になった名前は起こったことに追いつけず呆然としていた。自分と謎の言葉を置いて部屋から去ったスクアーロ。
自分しかいない部屋。冷めきったコーヒーが2つテーブルに置いてあるだけ。
怒ることも恥ずかしがることもない。意味がわからない。なにそれ。どういう意味。なにも理解できないまま体はソファに沈んでいた。
スクアーロが名前にどんな思いでそれを言ったのかはスクアーロしかわからない。あるいは、XANXUSなら。
(211208)
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