小説 | ナノ

▼ 憧れを胸に

歳を重ねて、こうなるとは思わなかった。
まさか私が煙草を吸うなんて思わなかったしこんな恋愛をするなんてとかあんな仕事したけどなにも実らなかったし糧にもならなかったなとか。
何が起こるかわからないけれどこれは私の人生だ。
思い出して恥ずかしいことはあるものの、後悔はなぜかない。
ふう、と息を吐くと白い息がこぼれた。クラっとする感覚、独特の匂い。美味しいとか好きとかではなく、依存。
いつまで煙草に頼るのだろう。いつまでなにかに依存しながら生きるのだろう。自立した人間。そんなものに私はいつかなれるのだろうかと。

ヴァリアーに入隊して数年が経った。
勧誘された時は「自分の実力が認められた!」なんて思っていたけれど、実際入隊してみたらクレイジーなほど強い連中ばかり。よく私を勧誘してきたなあと思った。
私はヴァリアーと名乗るには弱い、女だった。
平隊員にバカにされることもしばしばあった。それでも今までこうしてヴァリアーに忠誠を誓っているのはあの時が忘れられないからだろう。


「その匂いはテメェからか」

「えっ…ボス…」

ただ驚いた。
庭には誰もいないし晴れている空の下で1人煙草を吸いながらぼうっとしていた。
時折「外で吸う煙草は美味い」などと毛頭思ってもいないことを呟いていた所に突然話しかけられて羞恥で顔が熱くなるのを感じた。

「い、いつからそちらに」

庭に出る扉に手をかけていたボス。
私がいることに気付かず開けてしまったのだろうか。
鋭い眼光から思考を読み取れるほどボスは優しくもなく、
私も出来る隊員ではない。

「テメェの話は耳に入っている」

ヴァリアーに入隊してから私は死に物狂いで戦ってきた。
死に物狂いで戦わないと生き残れないから。
精鋭揃いの中残っていくためには強くならなくてはならなかった。
入隊するまで自分は強いと思っていたがヴァリアーにそんなやつはゴロゴロいた。
やるなら本気で、死ぬ気でやりたい。上を目指したい。だから周りに埋もれないように強くなろうとした。任務をとにかくたくさんもらった。必ず成功させた。私に任せてよかった、そう思われるように死ぬ気でやった。

そんな折にそんな言葉。
ボスに届いていた。
上を目指して手を伸ばす様をボスは気付いてくれた。そして労ってくれた。
こんなに嬉しいことがあるのだろうか。
努力が報われた、そう言っていい気がした。単純に嬉しかった。

「ボス、私」

私が言おうとするとボスはこちらに向かって歩き出す。
それに私の体はびくりと震え手に持っていた煙草から灰が落ちる。
高い身長にしなやかな筋肉。服の上からでもわかる鍛え上げられた体が私の目の前で止まる。
見下ろす赤い瞳。射抜かれるような鋭さ。この目に魅了され憧れ認めてほしいなんてわがままは言わないけれど、存在くらいは知ってもらいたくて。
下っ端の私がボスに常々お会い出来る訳もなく。屋敷で時折見かけるボスに、ずっと憧れていた。圧倒的な威厳と強さ。このクレイジーな隊員達をまとめあげる統率力。ボスという人間はこうでなくては。
ボスの手が私に伸びた。
その手は私が持っていた吸いかけの煙草を捕まえる。

「あっ」

庭で吸ってたのいけなかったかな。そう思った時ボスはその煙草を口にくわえあろうことか吸った。

「ボ、ボスそれ私の吸いかけ…」

私もう口つけちゃってます、と言いかけるとボスは口から白い煙を吐き出す。

「悪くねえ」

それは煙草なのか私の働きなのか。
ボスの言動に動けずに固まる。

「こんなものにすがりついてんじゃねえ」

ボスは気付いていたのだろう。廊下ですれ違う時、ボスから任務をもらう時。私からする煙草の匂い。私が気を紛らわすために吸っていること。

「ボス、強くなります」

固まっていた体を無理矢理正し真剣な顔でボスと視線を交える。
返事はない。

「強くなっていつかボスの手足になります」

ボスはフン、鼻を鳴らす。
少し笑った気がした。一筋の煙を上げる煙草を口にする。優雅な動き。絵になるなあなんて思う。

「やってみろ」

「!はいっ」

許してくれたことに胸が高鳴った。やってやろう。ボスの役に立とう。元々あった決意が強固になる。
私の言葉に満足したのかボスは屋敷を振り返り入ってきた扉へ歩き始めた。煙草は咥えたまま。
後ろ姿を見つめる。ああこの人とずっと一緒に。いつか死ぬまでこの人の下にいたい。
ぎゅっと自分を抱きしめる。体が震える。幸せっていうのかな。変な幸せ。
「ありがとうございますボス」私に生きる糧をくれて。


私が宣言した通りボスの手足になれたのはそれからまた数年後の事だった。
あの時から変わらず私はボスに憧れている。

(211128)
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