小説 | ナノ

▼ 思わせる人

「…気づいてくれたんですね」

手紙に書いてあった日に待ち合わせ時間より少し早く来た。
早すぎたかと思ったけれど、柳蓮二は既にいて私が現れるとすぐに気づいたのか手を振る。
早足で柳蓮二の元へ行くと柳蓮二は軽くお辞儀をした。

「だって夏目漱石2冊しかないのに話題に出すから変だなと思って」

「俺が会話を繋ぐために有名な作家の名前を出したとは思わなかったんですか?」

「柳さんは無駄なことはしないだろうと思って」

私が言うと柳蓮二は驚いた表情をした。
けれどすぐにふふ、と笑う。

「名字さんには敵わないですね」

眉を八の字にして困ったように言った。
そんな表情、テレビで見ているだけなら知らなかっただろう。
ぼんやり見つめていると柳蓮二は私の手を取った。

「名字さん?」

「あ、なんでしょう?」

「いえ、なにもないなら入りましょうか」

「はい」

一瞬なにか言いたそうな顔をして柳蓮二はいつものように笑った。
私が返事をすると安堵したようにふわりと笑う。
そんなところが好き。
また好きなところを見つけてしまった。
そう思いながら引かれる手に従い建物に入った。

「なに、これ…」

「…これは本当にすべて食べ物か…」

思わず声を漏らす。

「素敵…」

食べ物、というのもデザートだ。
普通のケーキやアイスも見た目は綺麗だと思うが、パティシエが今日のためにアートとして作ったデザートに感動で言葉を失う。
食べることを目的としたデザートよりも何倍も大きくて綺麗で輝いている。
風にたなびくリボンをイメージしたチョコレートや人形だと思っていたらすべてケーキで作ってあったり、思わず触れてしまいたくなる。

「柳さん…!」

「どうしました」

輝くフルーツが漂わせる甘い香りによだれが垂れそうになるけれど、それをこらえて柳蓮二に向き直る。

「とっても綺麗です!」

「あなたが喜んでくれて俺も嬉しいです」

そんな風に言うなんてずるいけれど、今は忘れようと思った。
目の前の幸せを噛みしめることしか考えないように、いつかなくなってしまうならこの幸福を精一杯感じていたい。
私は柳蓮二にありがとう、と言おうとした。

「おっ、もしかして柳!?」

突然明るい声が聞こえてそちらを向くと、コックコートを着てコック帽から赤い髪を覗かせる人が近づいてきた。

「丸井」

「丸い?」

柳蓮二の言葉に私がそう呟くとパティシエらしき人は私を指差し言った。

「丸井!つーか柳本当に来てくれたんだな…マジ嬉しい」

嬉しい、と言った通りとても嬉しそうな顔をして笑う丸井さんに私もつられて笑った。
友人なのだろう、「幸村くん」や「真田」と私も知っている名前が出ている。
友人思いなんだなあと感心していると丸井さんが私に笑いかけてくれる。

「柳の彼女?」

「…え?」

にっかり笑って自信満々に言うので目を見開いた。
驚きで言葉を出せないでいると、柳蓮二がため息をついた。

「丸井…彼女を困らせるな」

「だって柳が女連れて来るとか…恋しかねえだろい」

「うるさい」

「お、否定しないってことは?」

「…好きにしろ」

そう答える柳蓮二に丸井さんだけでなく私も驚きの目で見つめた。
丸井さんはみるみるうちに笑顔になり柳蓮二の背中をバシバシ叩いた。
一方の私は柳蓮二を凝視したままだった。
そんな私を見て自嘲するように笑い「痛い」と丸井さんの手を掴む。
好きにしろ、とは…どういう意味…。

「そうだ、俺のまだ見てないだろ?こっちだぜ」

「案内してもらおう」

「任せろい」

こっちこっち、と言い歩く丸井さんの後ろで柳さんが当たり前のように手を差し出す。
さっきの言葉から、手を取っていいのか迷った。
友人をあしらうための言葉なら、その手は取れない。
傷つくことがわかっているのにあえてそれを選ぶほど私はバカでも優しくもない。

なかなか手を取らない私を不思議に思ったのか、柳蓮二は私に近づいた。

「さっきの言葉の意味を知りたい、そんな顔をしていますね」

「っ柳さんは、…ずるいです」

「ずるい、ですか
その言葉はそのまま返します」

なんでもわかってしまう柳蓮二はただただ私を翻弄して遊んでいる気がした。
柳蓮二は私のことがお見通しなのに、私はなにも知らない。
いつの間にか俯いてしまった私の耳元に柳蓮二の声が響く。

「今日は俺を信じてください」

ふるりと震える空気とともに柳蓮二の優しい声がする。
私は柳蓮二の声に弱いのかもしれない。
この声が私を安心させ、翻弄させ、支配する。
ちょっとだけ、そう思ってしまう。

私は柳蓮二の手を取った。

「コレ、俺の作品」

「ずいぶんシンプルだな」

「まあ…愛を飾る必要はないっていうのが作品のコンセプトでさ」

「ロマンチックだな」

「そうだろい?」

ふふん、と自慢げに腕を組む丸井さんの隣にあるのは大きな真っ白のウェディングケーキだった。
派手な作品もある中で一番シンプルだけれど、存在感があり幸せや結婚をイメージさせる。

「ね、アンタ名前は?」

「名字です」

隣で小さく聞いてくる丸井さんはなんだかお茶目で可愛い。
私が答えるとへえ、と言った。

「柳って恋愛経験ないに等しいからなかなか上手くいかないと思うけど、好きなら頑張れよい」

「ありがとう、ございます」

好きなんだろい?そう聞く丸井さんに曖昧に笑った。

「丸井、彼女に余計なことを言うなよ」

「わりい柳、もう言った」

「やめてくれ…」

参ったように言う柳蓮二と終始笑い続ける丸井さんを見ていると、とても良い友人なんだろうと羨ましくなった。
柳蓮二にもっと近づけたら、また新しい表情が見られるのだろうか。
私にしか見せてくれない表情をして見せてくれるのだろうか。

「じゃあな、柳に名字さん
展覧会楽しめよ!」

ブンブンと手を振って丸井さんはどこかへ行ってしまった。
私も柳蓮二も手を振って見送る。
手を下ろしてふと柳蓮二を見ると、柳蓮二も私を視界に入れた。

「騒がしくてすみません、友人です」

「大丈夫です、楽しかったです」

そう言うと柳蓮二はありがとう、と言った。
忘れていた、私もお礼を言おうとしていたんだ。

「私こそありがとうございます
本当はもっと早くお礼を言うつもりだったんですけど」

「タイミングがよくなかったですね」

「ね」

柳蓮二は私の先回りをする。
私の言いたいことやりたいこと全部やってしまう。
だけどそれが嫌ではなくて、さすが柳蓮二、と思ってしまう。
これだけ先回りされたら我慢出来そうにないのに柳蓮二はそれを感じさせないのだ。

「ね、柳さん」

「はい」

「ご飯食べに行きましょう」

私が嬉々として柳蓮二の手を握り見上げると柳蓮二は私の手をぎゅっと握り返してくれた。

「食べられないスイーツより食べられるご飯がいいですね」

意地悪そうに笑う柳蓮二にムッとして繋いだ手に力を入れると柳蓮二は更に深く笑う。

「怒りましたか?」

「…今更なにを」

「欲望に忠実なのはいいことですよ」

「またバカにしましたね」

「いえ、そんなことは」

そして柳蓮二は私の手を引いて外に導いたのだ。

(160513)
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