小説 | ナノ

▼ 悩ませる人

寒い中手を握るというのは、こんなにも温かいのだろうか。

「…じゃあ、ここで」

「ええ」

特に話もせず、繋いだ手の温かさに浸りながら歩いていると家に着いた。
さようなら、そうは言わずお互い手を振って別れる。
苦しい。
柳蓮二のことを考えるだけで幸せだったのに、テレビで見るだけで幸せだったのに、会って一緒に食事をして部屋に上がり込んでしまった。
少しだけ久しぶりの家に勢いよく入り靴を脱ぐ。
ソファに寝転ぶと目を閉じ額に手を乗せる。
辛いよ、柳蓮二。
全部全部柳蓮二のせいだ。
こんなにも私の中で存在が大きくなってしまったことに驚きと焦りを感じる。
もうどうしたら良いのかわからない。

「…そういえば」

あの手紙、なんて書いてあったっけ。
夏目漱石のこころと坊っちゃんの間に入れられた封筒を、初めて見つけた時のように緊張しながら開けた。

『あなたなら気づいてくれると思いました。
俺は人を誘うのは苦手なので手紙で伝えることをお許しください。
誘いというのはーーーーー』

つらつらと書かれた文字に思わず笑みがこぼれた。
私なら気づくと予想していたところが柳蓮二らしいと思う。
さすがデータマン、私のことをよくわかっている。
精市さんや真田さんが参謀と言っていたのも今ではよくわかる。
日程は数日後。
また柳蓮二に会える、そう思うとともに緊張して今までのように話せるかと心配になる。
酔った時の醜態を晒して幻滅したはずなのに、優しくしてくれるのが卑怯だと思った。
そんな柳蓮二が好きで好きで、私の気持ちを伝えてしまいたい。
でもそんなこと、出来ない。

「柳蓮二なんて…」

嫌い、そう言って言い聞かせればいい。
けれどそれすら叶わない。
嫌いという言葉を誰もいないこの部屋でさえ言えない。
それほどまでに柳蓮二は私を支配している。

「会いたいよ」

「会いたい…」

別れたばかりなのにすぐに会いたくなる。
悲しくて、苦しくて自分が嫌になった。
涙をこらえようと拳に力を入れると、手にしていた手紙がくしゃりと音を立てた。

それからいつも通り休日を過ごして、後は眠ることだけになった。
ベッドに横になりつけっぱなしのテレビをぼんやり見る。
1人でも勝手に喋ってくれるからテレビは好きだ。

「もう寝なきゃ」

一人暮らしのせいで増えた独り言に苦笑しながら電気を消した。



彼女はもう眠りについただろうか。
彼女を家に送り洗濯も掃除もしてある家に帰る。
昨日感じた温もりはない。
あるのは一度感じてしまった温もりを求める気持ちのみだ。

昨夜は酒に酔い突然眠りについた彼女の着てきた服を少し緩め、ベッドに運んだ。
ベッドに身を委ねた彼女は幸せそうに眠っている。
俺はベッドのそばで膝をつく。
寝顔を眺められるなんて予測出来なかった。
酒に酔った人間はなにをし出すかわかったものではないが、まさかいい雰囲気になったと同時に寝るとは思わなかった。
彼女が相手だと上手くいかない。
せっかく予測し計算したことさえ彼女の行動一つですべて崩れる。
苦しい、初めて思った。
もっと近づいてキスをして同じ時を過ごしたい。
翻弄させて拗ねた顔が見たい。

「…上手くいかないな」

フッ、と笑ってしまう。
例え聞かれていなくても、自分の弱音を言うなんてどうかしている。
上手くいかず苦しむ俺ともう気持ちを言ってしまいたい俺が混じった。

「その潤った唇が欲しい、と言ったらどんな顔をしますか」

小さな声で呟くと震えていた。
声に伴うように彼女に向かって伸ばした指も震えている。
眠っていることにより幾分か人間味を失った姿が怖くなったのだ。

「名前、さん」

呼んだことのない名前を呼んで唇に触れる。
柔らかくて温かい。
キス、したい。

自分の欲望には逆らえなかった。
音を立てないようにゆっくりキスが出来る距離まで動く。
するとちょうど彼女が俺の方に寝返りを打ちふわりと笑った。
俺がこれからすることを許すような笑みに胸が締めつけられる。
彼女の前で我慢など出来なかった。
理性を抑えきれないほど酒を飲んだ覚えはないが、細かいことを考えているほどの余裕もない。

まぶたを固く閉じ唇を貪る。
彼女の口内は熱くてとろけてしまいそうだ。
時折漏れる苦しそうな声に鼓動が早くなる。
深くすれば気づかれてしまう。
しかし優しいキスで満たされる程度の気持ちでもない。
きっと幸せな夢を俺が妨げているのだと思うと背筋が粟立つ。
俺に溺れてくれればいい。
溺れて息が出来なくて、俺の腕をつかめばいい。
早く来い。

頬を撫でると熱くすべすべしていた。
何度も繰り返し触れると彼女が身をよじる。
うっすら目を開けると苦しそうに眉間にしわを寄せていた。
気づかれてしまう。
名残惜しいがゆっくりと唇を離すと息を吸う音が聞こえ眠っていた。

「…あなたには敵わない」

彼女の表情一つ一つに心が動かされる。
彼女のおかげで今日も幸せをもらった。
俺は予備の毛布を出してそのまま床に崩れるように眠った。

(160512)
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