小説 | ナノ

▼ 嘘を吐く人

肩が重い。
なんだかボーッとする。
起きたときの印象はそれだった。
けれど安心する香りがするので、もう一眠りしよう。
そう思い時間を確認するため手で枕元を漁った。
…なかなか時計の類いが見つからない。
目覚まし時計もスマートフォンも手に触れない。
それ以前に枕元になにも置いていないようだ。
寝ているうちに落としたのか、そう思い仕方なく布団から顔を出すと目を疑った。

床で柳蓮二が眠っている。

ソファで眠れば良いものを、柳蓮二はなぜか床で眠っていた。

「柳さん」

「ん…」

そしてこの男、起きない。
寒そうに首が隠れるほど毛布を上までかけ、体を丸くして眠っている。
驚きのあまり目が覚めた。
慌てて自分がかけていた布団を柳蓮二にかけてやる。

とにかく頭を覚醒させるためにお風呂に入りたいと思った。
きっと酔ったまま寝たのだろう。
お風呂に入ろうと部屋を移動しようとしたが、ここは柳蓮二の家だ。
ふと思い出し頭痛がした。
男の家に上がり込んでしまった。
後悔ともうどうしようもないことへの諦めと感情が混ざり働かない頭が悲鳴をあげている。

「柳さん…起きてますか」

「…」

柳蓮二が起きてくれないとなにも始まらない。
家人の許可なくなにかをするのが嫌なのだ。
例え本人が気にせずとも私が気にする。

「柳さん」

「…勝手に使ってください」

不機嫌そうな声がした。
起きていたのか、そう聞くのはやめておく。
睡眠を妨害してしまったので大人しく柳蓮二の言葉に従うことにした。
まだなにも言っていないのに、柳蓮二は眠くても私の考えていることがわかってしまうようだ。

「柳さんお仕事は」

「休みです」

お風呂から出ると起きて布団を片付けていた柳蓮二はそう答える。
寝起きだからかお互い不機嫌な気がする。
私がソファに座ると柳蓮二は隣に座りお茶を出してくれた。

「昨日のことを覚えていますか」

「…いえ」

飲み会のときの記憶も曖昧だ。
覚えているけれど、しかし夢かもしれないと思う。
どこから夢なのかわからない。

「家に入った瞬間寝たのでベッドに運びました」

なにもしてませんから安心してください。
柳蓮二は直接でなくともそう言った。

「すみませんでした…」

「大丈夫ですよ」

ふふ、といつものように柳蓮二は笑った。
良かった、怒っていない。
そう思うと同時に柳蓮二とキスをしたのは夢だったんだとなぜか気持ちが沈んだ。
でも本当に良かったと思う。
もしキスをしていたらどんな顔をしたら良いかわからない。

「洗濯が終わるまで映画でも観ますか?」

柳蓮二はDVDを取り出し私に言う。
いつの間にか私の服を洗濯してくれていた。
ありがたいな、と私は柳蓮二に感謝し従った。

その後食事を作ろうとする柳蓮二を必死に止め、私になにかしようとしてくれるのを止めさせた。
柳蓮二に負担をかけたくない、休んで欲しい。
私の願いだ。

「本当に大丈夫です、介抱していただけでも申し訳ないのにこれ以上長居は出来ません」

「俺は…いえ、無理強いはやめましょう
お気をつけて」

「はい」

感謝と謝罪の気持ちを込めて頭を下げると柳蓮二はまた私を翻弄した。

「…やはりお送りしましょう」

「柳さんのせっかくの休みを台無しにしてしまいますよ」

「一緒にいる方が落ち着きます」

「…そう言われると…」

断れない。
柳蓮二はそれを知っている。
だから帰ろうとしたのに、やっぱり捕まってしまう。
柳蓮二はコートを手に取ると靴を履き外に出た。

憧れの人が私のせいで疲れてはいないだろうか。
私が心配しすぎなのだろうか。
自分に聞いても正しい答えは返って来ない。
柳蓮二がどう感じるかどうかの話なのだ。

「名字さん」

空はいつの間にか夕方に差し掛かっており、手袋のない手は寒い。
柳蓮二の声に顔を上げると柳蓮二は手を差し出していた。
いつも察してくれる。
柳蓮二の手は私を導いてくれる。
手を重ねると温かくて泣きそうになった。
甘えたい。
頼ることが怖くて逃げていたけれど、この手ならきっと受け止めてくれる。
手を離したくない。
お願いだから、離さないで。

「柳さん、私…」

心中の叫びが届くはずもない。
伝えることがこんなにも難しくて、怖い。
無理だ。
私を見つめる柳蓮二になんでもないという風に首を振る。
私は平常心を装い柳蓮二の隣を歩くのだった。

(151104)
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