小説 | ナノ

▼ 心休まる人

その後なんでもない話をした。
今日やっていたニュースの話だとか今ちょうどやっているニュースやドラマの話。
途中から電気を間接照明に切り替えてゆったりとした時間を過ごした。
こうやって誰かと寛いだことは初めてかもしれない。
学生の頃は外で遊んでいたし、社会人になってから家に招く時間もなければ人もいない。
柳蓮二のぬくもりにほっとしている。

「精市の同僚の方が名字さんのご友人だとか」

「せいいち?…あ、なんでも出来るけど儚くてかっこいいお花みたいな人のことですか?」

「確かに精市は花が好きですね」

柳蓮二はそう言って思い出すように遠くを見る。
柳蓮二の旧友ってどれくらいの付き合いなんだろう。
大学?それとも高校?
もっと知りたい。
この感情がファンとしてなのか他の感情なのかわからない。
けれどなぜか引き込まれる。
私は柳蓮二の罠に嵌っているのかもしれない。

「私の友人の同僚の方が柳さんのご友人…なんだか変ですね」

「そうですね、驚きました」

お茶を飲む柳蓮二を見ると笑みがこぼれる。
隣に人がいることが嬉しい。
なんだか恋人同士みたい。
…ただ妹のように遊ばれているだけだけど。

「初対面のフリをしてみませんか」

「?なぜですか?」

「『異性に疎いお前が異性の知り合いを作ったのか』とうるさいんですよ」

柳蓮二の言葉に思わず笑ってしまった。
困ったように笑う柳蓮二はまるで無邪気な子供。
お願い、そう頼む子供のようで可愛い。
私自身も幸子にバレるとうるさいだろうからお安い御用だった。

「そんなこと言われるんですね
わかりました、いいですよ」

「ありがとうございます」

「いえ、私も友人がうるさいので」

「…なにか言われるんですか?」

私の言葉が気になったのか柳蓮二は私をジッと見つめてくる。
そんなに見つめられると恥ずかしい。
私のことは気にしなくていいのに。

「『私に黙って1人で楽しんでたのね…酷いわ!』から劇が始まりますよ」

「面白い人ですね」

少し大げさに言ってみると笑ってくれた。
ははは、と声を出して笑ったのを見たのは初めてだ。
下品の欠片もなく気品が溢れる。
やっぱり柳蓮二は素敵な人だ。

「変化にすぐ気がつく優しい子なんですよ」

「精市も同じです」

柳蓮二は懐かしむように笑っていた。
優しい2人なら上手くいきそう。
私はまだ見たこともないせいいちさんを想像した。

「そろそろお暇させていただきます」

「寒いのでお気をつけて」

コートを着る柳蓮二を見て慌てて立ち上がり柳蓮二の後を追う。

「長居をしてすみません」

「いえ」

玄関で靴を履くと柳蓮二は私を振り返る。
おやすみなさい、そう笑って帰って行った。

少し変だと思った。
寒い中マンション前で待つほど話さなければいけない話でもない。
それなのに柳蓮二は私を待っていた。
私が現れると安堵の笑みを浮かべていた。

「(不思議な人だよね…)」

私は柳蓮二の香りが残るソファに寝転び、間接照明によってクリーム色に変わった天井を見つめる。
こうすると柳蓮二に包まれているような気がして心地いい。
話すことが出来ただけで幸せになれる。
人のことを幸せにするのは難しい。
だから柳蓮二はすごいな、なんて頭の隅で考える。
柳蓮二が帰りいつもの静けさに戻っただけだというのに、なぜか寂しい。
こんなに1人は静かだっただろうか。
勝手に流れているテレビの音が余計に寂しくさせる。

「さみしい、」

忘れていた感情に気づいてしまったような苦しみを覚える。
現に忘れていたんだと思う。
仕事に追われ帰宅するとお風呂に入って寝てしまう。
特に楽しいことをみつけることもなく1日を終えようと眠りに着く。
寂しいよ、私。

もう寝てしまおう。
そう思いテレビを消そうと天井から目線を移すと、なにか違和感がする。
本棚の夏目漱石、まだこころと坊っちゃんしかない。
それに坊っちゃんなんて2ページほどしか読んでいない。
2冊しかない著者のことをなぜわざわざ聞いただろう。
そんなに夏目漱石が好きなのだろうか。
ソファから起き2冊の夏目漱石の背表紙を見る。

「…?本と本の間になにか…」

手を伸ばし取り出すと真っ白な封筒だった。
家に便箋はあるが白の便箋は持っていない。
私のものじゃ、ない。
…柳、蓮二。

得体の知れない緊張とそれによる震えに耐えながら封筒を開ける。
中には手紙のようなものと細長い紙が入っていた。
座ることも忘れ手紙を見ると美しい字が並んでいた。
字は体を表す。
よく言うけれどこれほどまでわかりやすい人はいないと思う。
宛名も差出人の名もないけれど、それは確かに柳蓮二が私に書いたものだった。
嬉しい、柳蓮二にそういうつもりはなくとも私を幸せにしてくれた。
沈んだ気持ちはどこかへ行ってしまった。

「…そうだ、ストレッチしようと思ってたんだ」

私は独り言を言うと手紙を丁寧に元あったように戻し、うきうきとした気持ちのまま温かい湯船に飛び込むのだった。

(151101)
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