小説 | ナノ

▼ 翻弄する人

「ん〜今日も頑張りました〜」

歩きながら伸びをして大きく深呼吸をする。
夜の空気は冷たくて気持ちいい。
いつものように仕事を終え、歩いて帰る。
仕事中は座りっぱなしなので少しでも運動したい。
今日は特にやることもないのでゆっくりストレッチでもしようかな。
そう考えながら歩いているとマンションが見えて来た。

「…っえ?」

いやちょっと待ってくださいね。
柳蓮二かな〜…あれは柳蓮二だよね。
マンションの近くに柳蓮二がいることに気づいた。
とにかくバレないようにそこら辺の電柱に隠れて様子を見る。
私のマンション前の背の高い花壇に寄りかかり、ペットボトルの温かいお茶を飲んで空を見上げている。

「…寒い」

寒い…じゃないわ。
スカートの私こそ寒い。
なぜマンションの前で待っているの。

「(この間送ってもらったから…?)」

この場合どうしたらいいのだろう。
わからないフリをして家に入るのか、話しかけるべきか。
そんなの考えなくたって後者に決まっている。
しかしそれは私の家に入れることになる可能性が高い。
私の家に入るのはいいけれど、もてなすものがなにもない。

「(とりあえず、寒そうだし私も寒いし…話しかけよう)」

頑張れ私!そう私に気合いを入れて電柱から足を踏み出した。

「あの…柳さん?」

「…名字さん…おかえりなさい」

「ただいま…じゃなくて!どうされたんですか?」

柳蓮二と話すと柳蓮二のペースに流されてしまう。
たまにはこっちのペースに巻き込まないとね。

「あなたを待っていた…そう言ったら、呆れますか?」

「え…」

柳蓮二はそう言うと自嘲するように笑った。
そんな悲しい顔をされたらどうしようもなかった。
寒いからお茶でも、いつの間にか私はそう言っていた。

「男が女の家に入るなんて失礼ではありませんか?」

「私を待っていたんですよね?」

矛盾してますよ。
私の口からそんな言葉が出ると思わなかったのか、柳蓮二は驚いた顔で私を見る。
他人のことを考えていつも当たり障りのないことしか言わない。
けれど矛盾した柳蓮二がらしくないと思った。
吐く息は白く、私が声をかけると安堵の顔を浮かべていた。
もうなんでもいいしどうでもいい。
私は柳蓮二の手を取りマンションのロビーへ足を向けた。

「(冷たい)」

取った手は冷たかった。
抵抗するかと思ったが案外素直について来る。
エレベーターに乗りボタンを押すと柳蓮二を視界に入れる。
目が合うと口を開いたのは柳蓮二の方だった。

「怒りましたか」

「私が怒るように見えるんですか?」

「…確率は低いですね」

小さな声で言う柳蓮二に笑みがこぼれる。

「ふふ、あたりです」

私がそう言って笑うと柳蓮二も少し笑った。

エレベーターから降りて玄関の鍵を開けただいま、と小声で呟く。
後から入って来た柳蓮二もお邪魔します、と小さな声で言った。
開けたらすぐ閉める、今日もすぐ鍵を閉めようと振り向いた時だった。

「名字さん」

少し冷たいコートが私を包み込む。
柳蓮二の匂いが今までにないほど近くにあり麻薬のようにくらくらする。
耳元には息遣いが聞こえくすぐったい。
抱きしめられたと理解したときには体がありえないほど熱を持っていた。

「柳さん…?」

「卑怯ですみません」

柳蓮二は待ち伏せしていたことを反省していたようだった。
怒っていないと言ったのに再び謝るということは相当反省しているのだろうか。

「驚きましたけど、大丈夫ですよ」

「またお会い出来て良かったです」

安心しました、柳蓮二は小さく言った。

柳蓮二はすぐにすみません、と言って私から離れたので靴を脱いで電気を点ける。
まずは温かいお茶を用意しないと。
私はストレッチのことなんて忘れていた。

「ここに座ってください」

「ありがとうございます」

「今お茶淹れますから」

私は柳蓮二にソファを勧めてテレビをつけた。
適当にチャンネルを回して、との意味でソファにリモコンを置き、上着を脱いでハンガーを二つ取ってくる。
一つを柳蓮二に渡して私はキッチンに向かった。

お湯を沸かしている間に棚という棚から茶菓子を探す。
そういえばこの間お土産にもらった和菓子があるはずなんだよね…。
キッチンでがさごそと探していると柳蓮二の声がした。

「名字さん夏目漱石がお好きなんですか?」

は?と思い柳蓮二を振り向くと、柳蓮二は本棚の前に立っていた。
ヤバい、趣味が全部バレる…!
私は柳蓮二の視界から本棚を隠すように急いで目の前に立った。

「あんまり物色しないでください」

「俺の趣味と同じですね」

「えっ、本当ですか、嬉しい」

いやだからそうじゃなくて、大人しく座ってろ客人め!
心の中で叫んでまた柳蓮二のペースに流されたことに悔しくなった。
柳蓮二は笑いを隠しきれないのかふるふると震えている。

「名字さんは素直ですね」

「…ありがとう、ございます…?」

「ああ、ところでお湯が沸騰していますよ」

完全に柳蓮二は私で遊んでいる。
ムカつく。
かっこいいからさらにムカつく。
柳蓮二に悪態を吐きながら私はお茶を淹れ、見つけた和菓子を用意した。
悪態をつくのはあくまで心中で、である。

「…どうぞ」

「名字さん」

「はい」

私が柳蓮二の隣に座ると待っていたかのように私の手に手を重ね握る。
握った私の手の甲に口付ける寸前で私を見上げる。

「名字さんのことですから、本当は俺のために早く帰って欲しいと思っていますね」

少しだけうっすら目を開け妖艶な笑みを浮かべる柳蓮二のせいで顔に熱が集中した。
やっぱり私で遊んでいる。
私の思ったこと、考えていることがバレている。

「きっと明日もかなり早いんでしょう?
そう思って当然だと思います」

私の答えを聞くと柳蓮二はゆっくり目を閉じる。
手の甲に温かな唇が落とされたと思うと柳蓮二はふふ、と私に微笑んだ。

口ではそう言っても本当は帰って欲しくないと思っているなんて、私にしては珍しくわがままだとどこか他人事のように考えた。

(151031)
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