小説 | ナノ

▼ 熱情的な人

休日に誰かと会うなんていつぶりだろうか。

「名前〜!!!久しぶり〜!」

「ちょっと…幸子うるさい…」

カフェのテラスでコーヒーを飲みながら待ち人を待っていると騒がしくその人は現れた。
他にもテラス席には人がいるのに元気はつらつな彼女にコーヒーを吹き出しそうになる。

「あれ、なんか顔変わった?」

「整形したか聞いてるなら即答でNOよ」

私の向かい側の席に荷物を置いて言った言葉がそれ。
静かにして欲しい。
私はとりあえず座ってメニューを見るよう促した。

「違うよ〜、なんかさ、女!って感じ」

「…」

「なんかいいことあった?」

彼女、もとい友人幸子はふざけているクセにこういうところが侮れない。
まだなにも言ってないし…というより言うつもりもないのに私の変化に目敏く気づく。
友人ってすごいな、なんて思う。

「秘密よ」

「そう?あ、私この紅茶のシフォンケーキ食べたい」

「勝手に食べなよ…」

「はいはい、…すみませーん!」

まったく騒がしい。
嵐のようだ。
だけどそんな騒がしさが昔を思い出させてくれる。
バカみたいに騒いだあの日々は永遠の宝物。

「名前から呼び出すなんて珍しいじゃない」

「まあね」

「で、どうしたの?」

幸子はテーブルに身を乗り出して聞いてくる。
実のところ、特になにもない。
あなたに会いたくなっただけ、と心の中で答えた。

「久しぶりに騒がしいのを聞きたくなってね」

「名前って失礼よね」

「ご め ん ね」

コーヒーを飲んでべえっ、と舌を出すと同じように返された。
バカみたいに意味のない行動をするのが堪らなく安心する。

「うっざ〜、ていうか名前ちょっと聞いてくれる!?今気になってる人がいるんだけど、よくわかんない人なんだよね」

「そういう話、待ってた」

幸子の言葉に今度は私が身を乗り出した。
そうそう、私はあなたの話が聞きたかったの。

「会社の同僚でさ、なんでも出来るんだけど儚くてかっこいいの
お花みたいなのよね」

「男が花ねえ…私の知ってる男も花みたいな人よ」

「その人はね、アナウンサーの柳蓮二の旧友なんだってさ、知ってる?柳蓮二」

「…知ってるもなにも…」

「なにも、なに?」

なぜ柳蓮二に繋がるんだろう。
私が柳蓮二目当てでニュースを見ているだとか、柳蓮二が好きだとか、誰にも言っていない。
社会人の日々は思いの外寂しいものだ。
仕事に追われ友人と連絡を取るのだって億劫になる。
私が億劫だと思っているんだから、もしかしたら相手も疲れて連絡を取るのが面倒かもしれない。
そう思うと私はいつも1人でなんでもやってしまう。
日々の食事、休日のショッピング、1人が当たり前になりすぎて友人と話すことに少し違和感があり緊張する。
だから、私の近況なんて誰も知らない。

「それでね名前、お願いがあるのよ」

「…『今度その旧友で集まって飲み会やるらしいから名前チャンも来て〜』…でしょ」

「名前チャンわかってるね〜、出来ればキューピッドになって欲しいな〜、なんて」

顔の前で手を合わせる幸子にため息が出た。
何回キューピッドやらせる気だろう。
呆れつつも楽しみなのはやはり友人だからだろうか。

「はいはい…」

「名前サマありがとう愛してる」

「だったら結婚する?」

「ない」

「こっちから願い下げだわ」

そんな会話の後どうでもいい話や仕事の愚痴を言い合ったりして、幸子と別れた。
久しぶりにこんなに話したと思う。
楽しかった。
静かな日常に突然の楽しさを与えてくれる。

「(会えて良かった)」

先ほどの余韻に浸りながら歩いていると、だんだんと先日会った柳蓮二のことを思い出した。
柳蓮二もまた突然の楽しさと緊張と…戸惑いを与えてくれる。

車の走る音しか聞こえない、2人並んで歩くには少し狭い歩道を寒いでしょう、と言って柳蓮二は私の手を握った。
ドキドキした。
こんなにドキドキしたのはいつぶりだろう。
初恋をする乙女のように心臓はうるさく動いて落ち着かない。
しかし特に会話もなく静かであるのにその静けさは嫌とは感じなかった。

「あ…ここです」

「では俺はここで」

途中から毎日歩く道になり、少し歩くと見覚えのあるマンションが見えた。
心地の良い緊張感に包まれたこの空間も終わりを迎える。
寂しいと思うも、柳蓮二の仕事に影響が出ないように早く帰って欲しいと思った。

「あ、あの柳さん」

「なんでしょう」

「何度も繰り返し言うようで申し訳ないんですが…ありがとうございました」

何度もお礼を言う。
誰に対してもそうかもしれない。
本当にありがたくて、素敵な時間を過ごすことが出来て、幸せでした。
そういう気持ちを込めて私はお礼を言う。
柳蓮二は私にいえ…、と言うと言葉を続ける。

「そう思うなら『おやすみ』と言ってくださった方が嬉しいです」

「じゃあ…おやすみなさい…」

「おやすみなさい名字さん」

コツリ、と革靴の音がして柳蓮二との距離が縮まったと思った。

「良い夢を」

耳元で囁く柳蓮二の低い声は、私に触れずとも私を包み込んだ。
とっさに私が耳に触れるときには柳蓮二は既に歩き始めていた。

「(なん、なの…)」

静かで冷静、何度もそう思わされるのに、時折見せる熱のこもった行動に私は悩まされるのだった。

(151030)
prev / next
[ Back to top ]


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -