小説 | ナノ

▼ よく笑う人

「またお会いしましたね」

「…柳さん…」

あれから月日が経ったある日、仕事終わりに会社の近くにある本屋に寄った。

「(今日発売の王室の本があるんだよね〜)」

王室とかいう魅惑の雰囲気が大好きでそういった本をよく読む。
今日は特集を組んだ本が発売されるのでなんとしても手に入れようと普段はしない寄り道をしたのだ。

「どこだろ…趣味…情報系…」

会社の近くの本屋には知り合いに会いたくないのでほとんど行かない。
「なんの本買いに来たんですか?」「えっ…と、あの…王室」「?」「王室」
となるのが面倒くさいからだ。

「広い……」

思いの外広く、そして入り組んだ構造になっている本屋に苦戦する。
もう店員さんに聞こうかな…でもさっき迷ってお会計どこだかわからないんだよね…。
そう思いながら一際人気の少ない本棚から曲がる最中。

目の前が遮られ一瞬暗くなると再び明るくなる。
どうやらぶつかりそうになったのを相手が避けてくれたようだ。
相手が動いたときにふわ、と香る香りに覚えがあった。

「…名字さん?」

「えっ…」

その声に顔を上げると目の前には私の大好きな顔があった。
柳蓮二は私と目が合うとにっこり笑う。

「またお会いしましたね」

「…柳さん…」

私は毎日テレビで会っているんですけどね、なんて思ったけれど柳蓮二に直接会えるなんて嬉しい。
本屋に寄ってよかった。
王室ありがとう。
頭の中で今日した行動と好きな王室を褒めているとそれが顔に出ていたのかのかもしれない。

「ふふ」

「…?どうかしましたか?」

「いえ、すみません
名字さんが嬉しそうに微笑むので」

そう言われはっとして頬を抑える。
恥ずかしい。
柳蓮二はくすくすと笑っている。
…ニュースを伝える真剣な表情の柳蓮二も素敵だけど、笑う柳蓮二も素敵だな。

「その…恥ずかしいです」

「可愛いと思っただけですよ」

柳蓮二の口から一生聞くことはないだろうという言葉を耳にしてパニックになった。
いや聞けたら嬉しいけど私に向かって…えっ、お世辞上手いね!?

「いえ柳さんこそ素敵だと思います…」

「嬉しいです、ありがとうございます」

柳蓮二はそう言って丁寧にお辞儀したから、私もお辞儀した。
ほとんど話し声なんて聞こえない本屋でなにやってるんだろ…。
私どさくさに紛れてなに本当のことを言ってるの…。

俯きながら今起きたことを反省すると頭上から柳蓮二の声が聞こえる。
安心する声が好き。

「ご飯は済みましたか?」

「いえ、まだどこに本があるのかもわからなくて」

「だからあんなに勢い良く曲がってきたんですね」

「それは本当にすみません…」

なにも言うことが出来ず頭を下げると柳蓮二はいえいえ、と言った。

「気にしないでください
それで、よければ一緒に探しましょうか?」

「そこまでしてもらうわけには…大丈夫です」

「ではご飯でもいかがですか」

…ありがたい。
嬉しい、幸せ、一人暮らしの私は一緒にご飯を食べてくれる人なんていないから誘われるとすごく嬉しい。
しかも大好きな柳蓮二と食事なんて夢のよう。
いやでも悪い、申し訳ないよ…。
ちらりと柳蓮二を見るとずっと微笑んでいる。
…断われない…。

「では…お願いしてもいいですか…?」

「もちろんですよ」

任せておけ、と自信満々に笑う柳蓮二に、私もなんだか笑みがこぼれた。

「探している本はどんなものですか?」

…前言撤回、私の顔は引きつった。

「名字さんはそういった本をよく読まれるんですか?」

あれから柳蓮二に小声で王室、と言うとそれならあちらに、とすぐに教えてくれた。
うわあ…とじわじわ羞恥が支配して顔が熱くなったがさっさとお目当の本を買い、柳蓮二にお店まで案内してもらった。
2人で歩き、着いたのはホテルのレストラン。
案内された窓際の席からは暗がりの中都会の光を受け妖しく光る海が見下ろせた。

メニューを見るとどれも美味しそうだった。
少し悩んだが選んで料理を待つと柳蓮二はそう言った。
蒸し返さないで…本当に誰にも知られたくなかった。
1人でうはうはと知識に浸りたかった…忘れてください本当に。

「読み始めたのは最近ですよ」

「好きなものに耽る時間は落ち着きます、名字さんと俺は気が合うかもしれませんね」

「柳さんも本が好きなんですか?」

「好きですよ」

柳蓮二はそう答えてお水を一口飲む。
なんだか喉が渇いてきたので私もお水を飲んで柳蓮二との会話を楽しんだ。



「美味しかった
柳さん、連れて来てくださってありがとうございます」

「喜んでいただけたなら良かったです」

レストランから出てホテルのエレベーターに乗る。
2人しかいない、普通では味わえない小さな空間に息が苦しくなった。

「柳さん」

「はい」

「楽しい時間をありがとうございました」

柳蓮二はエレベーターのボタンから私に目線を移した。
私がお礼を言うと柳蓮二はやっぱり笑う。

「俺も楽しかったですよ」

柳蓮二がそう言うとエレベーターが1階に着き2人で外に出た。

「名字さん」

柳蓮二の声にちらりと見上げると手を差し出している。
いやその手は。

「危ないですから送りましょう」

さあ、手を。
柳蓮二はそれ以上なにも言わない。
私はありがたくもまた断われず、手を重ねたのだった。

(151029)
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