小説 | ナノ

▼ 不思議な人

ああ、この人かっこいい。
声が低くて落ち着く。

そう思った頃には恋に落ちていた。

朝は忙しい。
自分で起きて朝ご飯を用意して、着替えて洗濯して。

「うわあああ!あと3分!無理無理!」

一人暮らしをしてから独り言が多くなった。
テレビに文句を言ったり雑誌を見ながらこれが欲しいあれが欲しいと呟く。
そんな中で、かなり前から癒しを見つけた。
アナウンサーの柳蓮二。
初めて見たのはいつものようにバタバタとしていた朝だった。

『まもなく7時です
ニュースをお伝えします』

そんな挨拶だったと思う。
朝早くからやっている情報番組は6時から7時に変わるとキャスターもコーナーも変わる。
毎朝同じチャンネルを見るけれど、昨日までとは違う声が聞こえて思わずテレビを見た。

スラスラとニュースを読む柳蓮二は伏し目がちというか目を閉じていて、覚えたニュースを暗唱するロボットのように見えた。
けれどライトの光を受けた艶やかな髪やニュースを伝える低い声と唇。
忙しい中に突然現れた柳蓮二に、私は釘付けになった。

それからというものの、忙しい合間に柳蓮二を見るのが私の癒しだ。

オフィスに居続けると息苦しくなった。
適当な理由をつけて外に出て街を歩く。
日差しが強くて思わず目を細め手で日差しを遮る。

ふと横断歩道の向こう側を見ると、傘を差している人がいる。
…あれは和傘だ。
サングラスをかけ太陽に向かって傘のてっぺんを傾け横断歩道を渡る。
なんだか自分とは違う、瞬間的にそう思った。

…?よく見るとあれは私の大好きな柳蓮二?

ボーッとしながら横断歩道を渡っているとドンッと誰かにぶつかった。

「っすみませ…」

「こちらこそすみません、大丈夫ですか?」

聞き覚えのある声、低くて落ち着く。
そう、朝の忙しい時間に初めて聞いて心を奪われたこの声。

「や、な…」

「足を擦りむいていますね
どこか喫茶店に入りましょう」

そう言われ手を差し出す柳蓮二に戸惑いながら従った。
手を取りお礼を言うと、ついてきて欲しいと言われ遠慮するも、頼むと言われたら仕方がない。

大きな和傘に入れてもらい2人で訪れたのは店内にジャズが聞こえる落ち着きを払うお店だった。
柳蓮二はここの常連のようだ。

「消毒液と…あなたは?」

「えっと…ブレンドを」

私が言うとマスターは中に入り小さな救急箱を持って来た。
柳蓮二は受け取ると私の前にしゃがみ言った。

「足を出してくれますか」

「えっ、自分で出来ますから…」

「スーツにシワが出来るといけないですから、俺がやりましょう」

はっとしてスーツを見る。
幸いシワもなければ砂もついておらず安心し息を吐く。
すると柳蓮二は少し笑って足を見た。

「じゃあ、お願いします…」

「任せてください」

私がお願いすると柳蓮二は丁寧に治療をしてくれた。
治療といってもただ擦りむいただけなのにきちんと消毒して絆創膏まで貼ってくれた。

「ありがとうございます」

柳蓮二は私がお礼を言うとふっ、と笑い椅子に腰かけ私を視界に入れた。

「俺の不注意で怪我をさせてしまい申し訳ありません
俺は柳蓮二といいます」

柳蓮二、という言葉に私の胸は高鳴る。
やっぱり柳蓮二だった。

「名字名前です」

「名字さん、他に怪我や落とした物はありませんか?」

「んーと…ないです」

柳蓮二にそう言われカバンやポケットの中を調べてもなにも落としていない。

「柳さんこそ怪我は?」

「してませんよ」

「そうですか、よかった」

柳蓮二の言葉にほっとすると、コーヒーが運ばれてくる。
柳蓮二の前には…煎茶?
運ばれてきた煎茶を当たり前のように飲む柳蓮二を凝視してしまう。

「どうかしましたか」

「…喫茶店で煎茶が出ると思っていなかったので…」

「ご存知ないかもしれませんが俺はアナウンサーをしています
ニュースを読む前によくここに来るので頼んでいるんです」

へえ…、と口からこぼれる。
柳蓮二のことを知ることが出来て嬉しいのと、少し不思議な人だなという印象を受けた。
お茶が好きなのかな。

「柳さんが出演するニュース番組、いつも見てます」

「そうでしたか…ありがとうございます、嬉しいです」

柳蓮二は少し驚くとすぐに微笑んでお礼を言った。
うーん…柳蓮二を見るためにニュース番組を見てるなんて言ったら、おかしいかな?
やめておこう。

「そういえば柳さん、時間は大丈夫ですか?もしなにかあるようでしたらもう…」

「ああ大丈夫ですよ、外の空気を吸いに歩いていただけです
そういう名字さんは大丈夫ですか?」

「私も外の空気を吸いに来たんです」

「それは偶然ですね」

微笑む柳蓮二は私の知るテレビの柳蓮二ではなく、優しくて時間の流れを遅く感じさせてくれる人だ。
これがプライベートの柳蓮二なのだろうか。
いつまでもこうしていたい、そう思えるような心地いい空間を作ってくれる。

緩やかな空間を遮ったのは柳蓮二の携帯だった。

「…すみません」

「どうぞ」

「もしもし柳です」

窓の外を見つめ携帯に話す柳蓮二も素敵だなあ、なんてぼうっとコーヒーを見つめる。
濁った色。
自分で淹れるのより美味しい。

「すみません、呼び出されました」

「いえ、お仕事応援してます」

「ありがとうございます、名字さんも」

柳蓮二は終始微笑んだ。
優しい表情がやっぱり新鮮でドキドキする。
もう少しお話ししたかった思いと、もう充分ありがたかったという思いが交錯する。

柳蓮二が立ち上がり頭を下げるので私も慌てて立ち上がった。

「もしよければまたお会いしましょう」

テーブルに手をつき私の耳元で小さな声を残した。
店を出て行く柳蓮二はいつも私が見る真剣な表情をしていた。

柳蓮二が去った後の私はなんだか夢を見ていたような、はっきりしない気持ちになった。

「(夢じゃ、ないよね…?)」

私の思いを本当だと言うように、向かい側に残る柳蓮二の香りと足に貼り付いている絆創膏が『嘘ではない』と私に主張するのだった。

(151028)
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