小説 | ナノ

▼ 無邪気の悪

注意*ヒロインは既に死亡、古橋くんが狂っている

幼い頃の約束というのはどうしてこうも頭にこびりついてしまうのだろうか。
『康次郎の笑顔は名前のものね』
根拠のない決まりごとを言われて、律儀に守る俺がいる。
俺の好きな人の言葉だからだろうか。
無邪気に笑う名前が俺には眩しい。
その頃の俺はその言葉を疑ってはいなかった。
嘘を吐いてはいけないし、泥棒の始まりだし、なにより名前は俺に嘘をつかない。
そう思ったからだ。

『それなら名前の笑顔は俺のものだな』

『うん、いいよ』

俺がそう言うと名前は笑って頷いた。
妙に大人っぽくて悔しかった。
俺の笑顔を独占する、とわがままを言い始めたのは名前なのに、俺が名前に張り合うと俺の方がわがままを言っているような錯覚に陥る。
幼いながらも悔しさは人並み以上だった。

『約束だぞ』

『うん、約束』

子供が子供らしく指切りをして約束した。
指を絡めてぶんぶんと揺らしながら指切りの歌を歌う。
名前は笑顔だった。
だから俺も笑った。
楽しい、これが当たり前のことだと思ったんだ。

しかしある日名前は突然死んだ。
自殺だった。
苦しい死に方をした。
首を吊った。
まだ幼いのに、静かに人生を終えた。

お前のせいで笑えなくなった。
俺の笑顔は名前のためだからだ。
名前がいなくなってから、この平坦な道を1人で登校するハメになった。
…名前が生きていた頃は2人で登校していたのに。
小さな手を繋いでくだらない、意味のない話をするのが楽しくて毎日が幸せだった。
しかし今はなにも感じない、感動もしない。
お前のせいで世界が褪せて見えた。
なにに対しても冷めた。
…あんなの幼い頃の約束だと頭ではわかっているのに、それでも守る俺がいるんだ。

「名前…」

1人で無意味にゆっくりと歩く。
暑さが和らぎ金木犀が咲き始めている。
この道はほのかな金木犀の香りで甘く安らかだ。
例え1人であったとしてもこの道が好きだ。
名前と過ごした日々が自然と思い出されるから。
俺がこの足で歩けば名前をどこへでも連れて行ってやれると思った。
名前は俺の中で生きる、そんなかっこいいセリフを体現したい。

ただ名前の死に際は幼いながらも美しかった。
今でもはっきりと覚えているさ。
俺は小さい頃から冷めていたから、あれは人生初の興奮だったと思う。
上気した頬が死んでからすうっと白くなっていくのが神秘的というか、見たことのないものに感動した。
実は俺の仕掛けた首吊りにかかったんだ。
フッ…バカだろう?
ドアを開けたら紐が落ちてきて開けた人間の首にかかるんだ。
そうしたら強い力で引っ張られ部屋の真ん中で首吊りになる。
俺たちは互いにいたずらをするのが好きで驚いた方が負けだった。
…あのときの名前はかなり驚いていたな。
俺の完全勝利だ。
だから笑えなくてもいい、名前に勝てたことで俺はこの先も生きるさ。

『康次郎はあんまり笑ったり泣いたりしないの?』

『さあ、どうだろうな』

『驚きもしないの?』

『名前が驚かせてみればいい』

それが始まりだったと思う。
表情のない俺を薄気味がる周りの中で、名前は俺に熱心に話しかけた。
まっすぐで無邪気で可愛い。
いつの間にか心を開いていた。
2人で互いを笑わせたり驚かせたりすることがなによりも楽しかったんだ。

なんだ?
…殺してまでいたずらの勝負に勝たなければならないのか、だと?
すまないが、意味がわからないな。
俺たちにとって一緒にいることはいたずらをすることだった。
そして俺の笑顔が名前のためなら名前の笑顔もまた然りだろう。
それなら俺はそうならなくなる前に実行するのみだが?

(151001)
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