小説 | ナノ

▼ 適当に生きる

退屈である。
花宮はソファに深く座り足を組み、優雅に本を読んでいる。
花宮が近くにいると読書に集中出来ない。
名前は静かに本を閉じ近くのテーブルに置くと部屋を見回したり花宮を観察する。

「なんだよ」

「えっ」

「さっきからなに見てんだ?」

するすると文字を読んでいた花宮は名前に問いかけた。
特に音も立てていないがもしや迷惑だったかと名前は少し焦る。

「その…テレビ点けてもいい?」

「勝手にどうぞ」

こんな素っ気ない会話でも、花宮と名前の間ではきちんとした会話だった。
名前が話しかければすぐに返事をしてくれ、名前が笑わせようとすれば笑ってくれた。
花宮が名前にだけ見せる、柔らかで悪意なんてまったくない笑顔がとても好きなのだ。

名前がテレビを点けると、恐怖を誘うようなBGMとともにおどろおどろしい映像が流れてきた。
髪の長い女の人が恨めしそうな顔でこちらを見ている。
テレビの演出とはいえ、そんな顔をした人と目が合うのは少し怖い。
名前は強張る身体をなんとか花宮に見つからないように不自然に動かした。

ふと思ったがこのテレビの音が花宮の読書の時間を妨害してはいないだろうか。
名前は例え自分が放置をされていても花宮が第一だった。
好きだからなんでも出来るのだ。
花宮は名前の動力である。

名前が静かにテレビを消すと、花宮は本から目を離さず名前に問いかけた。

「見ねえの?」

「うん、大丈夫」

「ふーん
…ああそういえば読書したいけどどれがいいかわかんねえって言ってたな」

花宮はそう言うと読んでいた本を閉じ、本棚からではなく机の上から紙袋を手に取ると名前に渡した。

「ほら」

「え…ありがとう…」

「開けてみろ」

名前は紙袋を破かないように丁寧にテープを剥がしていく。
花宮からもらったものは例えノートの切れ端でさえ嬉しかった。
花宮が解き方を教えてくれた紙だって、名前は1枚残らずきちんと保管してある。

花宮がくれた本は花が主人公の不思議な話だった。
ファンタジーのような、絵本を少し難しくしたような、なんとも掴みどころのなさそうな本だ。
優しい色遣いのブックカバーも名前好みだった。
花宮が自分のことを考えて選んでくれたことがとても嬉しかった。

「可愛い…ありがとう」

「ふはっ、なに感動してんだよ
普通に本選んでカバーもお前らしいの買っただけだぜ?」

「うん、でも嬉しい、ありがとう」

「はいはい」

花宮はそう流すとテーブルのマグカップを手に取り口にした。
優雅で余裕のあるその姿に名前は照れた。

「私もなにかお返ししたいな」

「別に見返りが欲しくてやったわけじゃねえよ」

名前がそう言い花宮を見ると、花宮は「はあ?」と言い笑った。

「それでも、受け取った嬉しさを伝えたいじゃない?」

「じゃあ肩揉んでくれればいい」

「そんなことでいいの?今やる?」

「ああ」

花宮のお願いに少し驚きながらも名前は花宮の背後に回った。
真っ黒な髪が白いうなじを少しだけ隠し色っぽい。

「早くしろ」

「う、うん」

花宮に急かされ肩に手を置いた。
自分の手より少し低い冷たい花宮の身体は思ったよりも大きかった。

「どこが凝ってるの?」

「お前のせいで全体的に」

「ほんと?」

「なんでも信じんなよバアカ」

くすくす笑う花宮の動きが肩に置いた手の平から伝わる。
名前は意地悪な花宮にため息を吐くと指に力を入れた。

花宮は相変わらず本を読み時折コーヒーを飲む。
互いを見つめあうことも、笑いあうこともない。
苦のない沈黙を花宮は突然破った。

「…小さいんだな」

「…?」

「折れそうだ」

花宮はそう言うと名前の手を引っ張り口付けた。
少し濡れた唇は温かくて花宮の体温を伝える。

「どうしたの?」

「いや…」

歯切れの悪い花宮に疑問を抱きつつ花宮の言葉を待った。
名前のなすことすべて、花宮に委ねられている。

「名前」

「なに?」

「ありがとう」

ぽつりとこぼす言葉は花宮には不釣り合いだった。
人の不幸を笑う花宮からそんな言葉が聞けるとは思っていなかった。

「どういたしまして」

なにに対し感謝の言葉をこぼしたのかはわからないが、名前もお決まりの言葉を返し笑う。
適当な会話に花宮も笑った。

「これからも俺に翻弄されてろよ」

「いいよ」

再び適当な会話をして2人は緩やかな時間を過ごした。

(150930)
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