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▼ 真夜中の告白

ギュッ、と目の前で黒い車が止まった。
なだらかな黒のボディの車を運転する人間は車の形とは比例せず、決してなだらかでも優しくもなかった。
とても意地悪な人間だった。
学生の頃から一緒にいたが、あまりの悪戯好きに頭を抱えた。
まさしく悪童だった。

好きで一緒にいるわけではない、いつでも離れることが出来る。
それでもなぜか離れることが出来なかった。
なぜ一緒にいるのか、そう聞かれると答えは決まっている。
「愛している」からなのだ。

「乗れ」

助手席の窓が少し開き、運転席から艶やかな髪と特徴的な眉が現れたかと思うと、花宮は素っ気ない言葉を言い放ち名前を見上げた。
普段見上げられることがない名前は戸惑った。
花宮の顔を見下ろし、いつもとは違う角度から見るとなんだか新鮮で、例えいつもと同じ表情をしていても違ったように見える。

「え…」

「助手席に座れっつってんだ」

花宮は先ほどより怒気を帯びた声で言った。
乗れ、と命令しても決して歩かせようとはせず、名前の目の前に助手席側を停止させる。
そんな些細な優しさが名前は嬉しかった。
悪戯にまみれた感情の中で無意識にする優しさなのか、名前を愛するゆえの行動なのか、どちらにせよ名前は花宮の行動に垣間見える優しさが好きだ。

「うん」

「チッ…」

車の外装に合わせたクラシカルでゆったりしたシートに腰を下ろすと、花宮の香りに包まれた気がした。
車内という締めきった密室で、エアコンの音とタイヤが道路と擦れる音だけが響いていた。

「…」

「…」

例えば恋人同士の会話や空間が甘い甘い砂糖菓子のように形容されるとしたら、花宮と名前はカカオ100%のチョコレートのようだ、と形容されるのだろうか。
甘いチョコレートの形をしているのに苦味でしかないそれを、花宮は昔から好き好んで食べていた。
これがまさしく花宮と名前の形容の仕方だというのなら、花宮は予言するかのようにそれを食す。
名前は花宮に従うだけだ。

「お前次の仕事ロンドンだって?」

「なんで知っているの」

「ふはっ、お前俺を誰だと思ってんだよ?」

花宮はあざ笑い横目で名前を見る。
その目には優しさも甘さも一切ない人形のような目だ。
綺麗な指が黒のハンドルを操る姿に見惚れた。
名前は冷たい花宮の美しさにいつも見惚れるのだ。

「いやそういう問題じゃなくて…」

名前が小さくため息を吐くと、それに気づいたのか花宮はブレーキを強く踏んだ。
シートベルトが体を締め付け前のめりになる。
信号は赤だった。
名前が花宮を見ると、花宮の表情は冷めきった顔をして前を見ていた。
名前は今度は心の中でため息を吐いた。

「俺はお前のことならなんでも知ってる」

「…そう、」

「ああ」

夜も更けた静かな密室空間で花宮は独り言のように小さく呟いた。

少し怖いと思った。
花宮はこんなことは言わない。
『お前のことが大好きだから俺はお前のことならなんでも知ってる』と言われたならば、誰しも喜ぶだろう。
しかし花宮に限りその可能性はかなり低い。

「まあ真が冗談を言っている間にさっさと行って終わらせてくるわ」

「はあ?冗談なんて言ってねえだろ、大概にしろ」

花宮はそう言うと車を走らせた。
気づくと信号は真夜中には眩しいほどの青で、車のボディはその光を受け海のように深い色をしていた。

「好きだからだよ」

「…?」

名前が花宮を見ると目が合った。
理解出来ないという顔をしていたのが伝わったのか、花宮は名前の髪に手を伸ばした。
名前の髪を流れに沿うように梳くと毛先だけくしゃりと握りすぐに離した。

「…だからお前が大好きなんだよ」

「…はあ?」

名前が言うと花宮は舌打ちをした。
先ほどの手つきはどこへ行ったのか、花宮はいつものように悪態を吐く。

「はいはい、そういえばお前になにを言っても無駄だったな」

「真はそんなこと言わないから」

名前が答えると車内は静まった。
言うと思った、とでも思っているのだろう。
花宮はしばらくの間無言でハンドルを握っていた。

「じゃあ俺は愛する人にどうやって愛を伝えるんだよ、手紙でも書けばいいのか」

突然窓の外が眩しいと感じるとファミレスの明かりだった。
店内に人気は感じられず、店員もちょうど見当たらない。
まるで人が消えてこの世に花宮と名前だけが取り残されたように感じた。

「それは知らない」

「チッ、無責任なヤツだな」

窓の外から視線を戻すと、視界の端に映った花宮が口角を上げ笑う。
きっとこれも予想通りなのだろう。

「手を貸せ」

「…はい」

手の平を名前に差し出す花宮に吸い寄せられるように名前は手を置く。
花宮は名前の手を握り口元に寄せるとキスをした。

「どこへ行こうか」

唇を震わせ呟く花宮を、名前はどうしたって愛していた。

(150918)
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