小説 | ナノ

▼ 世界を遮断せよ

不思議な人間というのはどんな人間だろうか。
悪魔のような微笑みの中に天使のような優しさを持つ、そんな感じだろうか。
この世の矛盾の部分だろうか。

白を基調とした物が少ない部屋に、暖かな日差しが差し込んでいた。
深い色をした瞳を隠した氷室の部屋だ。
氷室には白が似合うと思う。
髪の毛や目の色が白だからではなく、白が氷室を美しくするのだ。

部屋の主は床に座りベットに背を預けていた。
片方の膝に肘を乗せ頬杖をつき、ここにいるもう1人の人物を見つめる。
机に向かい熱心になにかをする名前を見ているとなんだか幸せになれた。
名前が近くにいると自分以外の温もりと安心を得ることが出来る。
名前以外ではダメだった。
冷めた熱が欲しいのだ。
名前は氷のような冷たい愛をくれる。
美しいくせに冷たい、そんな氷室を名前は酷く愛している。
それを微塵も表に出さないところが氷室は好きなのだ。

「名前も物好きだね」

「なにが」

集中している途中に話しかけられたことが心外なのか、いつもより低い声が返ってきた。
顔を上げた名前は眉間にしわを寄せ氷室を視界に入れる。
氷室は思わず苦笑した。

「そう怒るなよ」

「集中してたの」

「ごめんごめん」

氷室と名前は互いに冷たい人間だった。
それを表に出すか出さないかの違いだけなのだ。
氷室の優しさに誰もが憧れる。
しかし内は冷え切っている。
熱い心はバスケにのみ。
それを知る名前は氷室に近づく人間が可哀想でならなかった。
そして氷室の冷えた愛を受けるのは自分だけということも知っていた。
名前にとってそれがとても嬉しかった。
そしてその嬉しさも、名前は表に出さない。
不思議な愛で繋がっている。

目の疲れを取るようにぎゅっと強く閉じた名前は大きく息を吐いた。
集中してしまうといつの間にか空間から取り残される名前を現実に戻してやるのが氷室の役目だった。
『戻っておいで』
氷室がそう言って名前の肩を叩くと、名前の集中はふっと切れ現実に戻される。
氷室がいなければ空間から取り残されたまま戻れなくなる、氷室がいないとダメ、氷室は名前が自分に依存していくのを楽しんだ。
彼らの愛は冷めるように燃えたぎり、依存しあっていたのだ。

「話は変わるけど、名前はあまり表現するのが好きじゃないね」

「それは辰也もだと思うけど」

「それもそうだな」

なんのことを言っているのかわからないような話をするのが好きだ。
まるで雲を掴めると確信している子供のようで、掴めてもなんの意味もない。
くすくすと笑う氷室を名前はちらりと見つめた。
楽しそうで、少しバカにするような不思議な笑みに名前は口を開いた。

「辰也って不思議ね」

「どこが?」

いや、と言葉を濁した名前は氷室をちらりと覗き見る。
するとジッと名前を見ていた氷室と目が合ったので、名前は観念して言った。

「私を好きになるなんて不思議だなあと思ったの」

私って変わってるってよく言われるから、名前はそう言って窓の外を見た。
柔らかな日差しは既にオレンジの光に変わっていた。

「はは、それは俺がさっき言ったことだろう?それに俺が名前を好きになるのに不思議なことなんてないさ」

氷室は目を閉じ薄く微笑むと首を横に振った。

「この間雪が降っていて驚いたんだ」

「雪?もう降ってたの?」

名前が「また話が変わったの?」と聞くと氷室は「そう、変わったよ」と答えた。

「降っていたよ」

「へえ、もう降っていたの」

名前が感心すると氷室は少しだけ肩を震わせた。
またバカにしているのかと名前は眉間にしわが寄った。

「信じたのかい?」

「信じていないけれど」

「…なんだ」

ふうん、と氷室はつまらなそうに肩を落とした。
ついでに床に置いた黒っぽい液体の入ったマグカップを視界に入れる。
そのマグカップだって白に包まれていた。

本当は外装の白より中身の黒のほうが俺に合ってる。
天使か悪魔かと聞かれたら、きっと俺は悪魔なんだろう。
氷室はなんの根拠もなく、しかし常々思うのだ。

「それで、白い雪を見て嫌気がさしたの」

「…よくわかるね」

氷室は柄にもなく目を見開き名前を見つめた。
名前は氷室を見ず、窓の外を見ていた。
オレンジの光が眩しくて目にしみるのか、目は潤っていた。

「…辰也のことなら大体予想がつく」

「嬉しいよ」

言葉にされると素直に嬉しい。
氷室と名前は表現をすることが好きではないというのに、時々わざと相手への感謝や愛を口にして弄ぶことを楽しむ。
2人だけの不思議な遊びだ。

「ねえ辰也」

「なんだい」

「弱いところも見せてよ」

「…愛する人に?」

氷室はいつものように誤魔化そうとした。
しかし名前の目が誤魔化すなと訴えていた。
意志の強い瞳は氷室の心を貫くように鋭く、そして冷たい。

「一番見られたくないんだけどな」

「愛する人に?」

「真似をするのが好きなのかい?…そうだよ」

氷室は目をそらした。
氷室と目が合わないと、再び合うことはないのではないかと錯覚する。
片方の目に秘められた熱は名前を掴むからだ。
名前からそらされた瞳はいつも以上に冷たい気がした。

「俺は弱いところなんて見られたくないよ」

「でも私の弱いところは見たいんでしょう」

「名前のだからね」

「それと同じ」

ね、と問いかける名前に氷室はため息を吐きそうになった。
ため息を飲み込むと「それもそうだ」となぜか納得してしまった。

「仕方がないな」

「辰也も素直じゃないね」

「名前には言われたくないな」

「はいはい」

矛盾する言葉に氷室は救われ名前は笑うのだろうか。
不思議な遊びはいつまでも続くのだった。

(150912)
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