小説 | ナノ

▼ 熱情

例えば放課後の校舎、誰もいない廊下で、互いをとても好き合うカップルが見つめ合ったとしよう。
この後に起こり得る行動はなにがあるだろうか。

「古橋くん…っ」

「大丈夫だ」

古橋はそう言うと名前の髪を撫でる。
時折耳に指が掠めることにさえ名前の心臓は震える。
名前は恐る恐る古橋を見上げ目で訴えた。

「大丈夫だ」

古橋が大丈夫と言うのなら大丈夫、と頭ではわかっていても、名前は緊張と羞恥からは逃れることが出来なかった。
古橋と息がかかるほどの距離で見つめ合うことすら困難を極めるのに、これ以上近づいたらどうなるのだろう。
名前は上手く働かない頭でぼんやりと古橋のことを考えていた。

「名前」

「な、に」

古橋は名前の問いには答えず名前を抱きしめる。
名前の背中は壁に預けられていて、さらに古橋が前から覆うように抱きしめるので、名前は恥ずかしくても逃げることが出来ない。
観念した名前は古橋の背中にゆっくり手を回した。

温かい。

ごく稀に、名前は古橋の温かさに驚くことがある。
見る表情ほとんどが涼しい顔なので、古橋に触れ熱を感じることが名前にとって特別であり、名前を緊張させる。

「あったかい…」

「そうだろうか」

「うん」

名前は古橋の体温を全身で感じ満たされる感覚に襲われる。
古橋は無駄な話はしない。
話さない代わりに行動で示してくれることが名前は嬉しかった。

髪を撫でる手は耳を撫で、頬を撫で、首筋、そして下へと降りていった。
触れられたところから古橋の熱が伝わり名前を熱くさせる。

「くすぐっ、たい」

「余裕だな」

「ちがっ…」

慌てて否定する名前の耳元で、古橋は喉を鳴らし笑った。
名前が恨めしそうに見上げると古橋は目を細め口元をにやりと上へ動かした。

「そんなに取り繕わなくていい」

古橋の目は蛇のように冷めているのに名前にまとわりついた。
三日月の如く弧を描く唇からは、ぬるりとした舌が見えそうだ。

例えばキスがしたいとする。
普通のカップルならば、したいと思ったどちらかが相手にすればいいだろう。
しかし名前と古橋は互いに行動することがなかった。
恥ずかしがり屋な名前は古橋と一緒にいられるだけで幸せだった。
なかなか進展しないとしても、名前は古橋が笑いかけてくれるだけで良かったのだ。
古橋はというと、初めこそさり気なく名前の手を繋いだり抱きしめたりしていた。
そろそろキスをしてもいいだろうという頃、古橋は名前の頬に触れ顔を近づけた。
すると名前は古橋から逃げた。

『ご、めん、まだ心の準備が…』

『…そうか』

申し訳なさそうに謝る名前に古橋はなんと返していいかわからなかった。
顔には出さないものの、古橋は少なからずショックを受けた。
しかし名前にもあんなことを言わせて、悪いとも思った。
だから決めたのだ。
名前が『良い』と言うまで待つと。

古橋が待つこと数ヶ月、古橋の名前への欲望は日に日に増え、遂には溢れるほどになった。
名前に触れたい、近くにいたい。
古橋は我慢をしたせいか、自分の感情を抑えきれなくなるのを感じた。

そして誰もいない放課後、偶然目が合いそこから互いに目をそらせないまま数十秒が経った。
古橋はとうとう我慢出来なくなり名前に手を伸ばした。

「名前っ…」

「古橋く、うわっ」

古橋が名前の頬に触れようとすると、あの時のように名前は逃げようとした。
だから古橋は名前を追いかけ一歩足を前に伸ばした。
名前の背中が壁にぶつかるのと、頬に触れようとする古橋の手が壁をつくのはほぼ同時だった。

「あ、あの古橋くん…」

「なんだ」

「えっ…そ、れは」

名前の緊張は近さのあまりピークである。
なにも話すことはないのに古橋の名を呼び小さく震える。
古橋には名前のすべてが我慢をするなと言うようにしか聞こえなかった。

「はあ…」

古橋がため息を吐くと名前の肩はびくりと動いた。
我慢をするのが辛い。
こんなにも可愛くて愛おしい彼女の前でなにも出来ないなんて苦しくて仕方がない。
そう思い唇から溢れたため息を、名前は別の意味で捉えたのだろう。
古橋は思わず笑みがこぼれそうになった。

俺を意識しすぎだ。

口の緩みをなんとか抑えた古橋は名前に優しく触れた。

「名前」

「っ…」

古橋は名前の髪に唇を近づけた。
下唇を噛む名前が愛おしかった。
古橋はふ、と笑った。

「もう我慢出来ない」

「え…?」

「こういうことだ」

古橋はそう言うと感情の読み取れない瞳で名前の瞳をジッと見つめ、唇を近づけた。
優しさのこもった古橋の薄い唇は少し乾燥していて熱い。
名前は強く目を閉じ息を止めた。
だんだんと強く押しつけられる唇に名前はどうすることも出来なかった。

「んん、」

苦しい。
名前は息が出来ず古橋の服にすがった。
そんな名前を知ってか知らずか、古橋はちゅ、と音を立て唇を離した。

「口を開けてくれ」

「え…?」

「…開けたな」

古橋はどこかいたずらな表情で再び名前に近づいた。
妖艶、だった。
名前は古橋に見惚れ半開きの唇に古橋を誘った。

「ふ、んんっ」

中途半端に開いた唇にするりと入ってきた古橋の舌はとても熱かった。
古橋の舌が名前のそれに触れると、じんわりと熱が伝わりびりびり痺れた。

「ふ、あっ」

「古橋くん」、そう言うことも出来ず名前の口内は古橋の舌に犯された。

古橋の熱情的な一面に名前は戸惑った。
古橋にすがった名前の手が震える。
涼しい顔をして内に熱を秘める古橋に溺れそうになり、名前は必死でしがみついた。
古橋は名前の手に自分の手を重ね、唇を離すと首筋にゆっくりと舌を這わせた。

「!?ふるはしく、」

名前が驚きの声を上げると古橋は名前の動く唇に自分にそれを重ねた。
静かにしろとでも言うかのように、古橋は押しつけた。

「んん、」

「すまないが、我慢が出来ない」

「な…」

「すまないな」

それから古橋はなにも言わず名前を好きなようにした。
たくさんキスをして印をつけて熱のこもった舌で舐めた。
名前はただ唇を噛み古橋の熱を受けていた。

「古橋くん…」

「名前」

「もう…」

「まだだ」

そう言い古橋は日が暮れるまで名前を愛した。

(150904)
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