小説 | ナノ

▼ 息衝く

暑いけれど冷房が寒い。
うだるほどの外の暑さが嘘のような寒い図書室で、古橋と名前は向かい合って図書委員の仕事をしている。
夏休みだというのに図書室は生徒で溢れている。
夏休みに学校に来るというのは、進学校である霧崎にとってはいたって普通のことだった。
どの学年も勉強に対する意識が高く、授業がない分自分のしたい勉強を存分に出来る。
その勉強する場が図書室なのだ。

「名字、こっちのポスターはこれで良いだろうか」

「どれ…?
うん、見やすいし涼し気で良いと思う」

「そうか」

私語が禁止の図書室で時折小声で少しだけ話す。
それが秘密の会話のようで楽しい。
名前は古橋に想いを寄せている。
優しいのか冷たいのかわからない瞳に囚われているのだ。
勉強も出来て運動も出来る古橋に想いを寄せる者は多い。
名前もその多くの中の1人なのだ。

その古橋と2人で作業する中でただ一つ辛いことと言えば、図書室で夏服の制服は少し寒いということだ。
夏だからと半袖の制服を着て行くと、図書室では極寒である。
目の前の古橋はというと、この後部活に行くのかジャージを着ている。
真剣に作業をする姿が素敵だ。

「さむい…」

「?なにか言ったか」

「あ、なんでもない」

思わず口から出てしまった呟きに古橋が反応したので、名前は笑って答えた。
いつもは膝掛けやカーディガンを持参するのに、今日に限って忘れたのだ。
古橋とこのままずっと一緒にいたいと思うが、寒さのせいで早く終わって欲しいとも思った。

「ほら」

ふわりと優しい温かさと香りに包まれる。
古橋が突然目の前からいなくなると、名前の肩にジャージをかけた。
大きくて肩からするりと簡単に落ちてしまいそうで、名前は慌てて古橋のジャージを落ちないように握った。

「あ…ありがとう、」

「別にいい」

試合では冷たい古橋であるのに、時より見せる優しさに名前は虜になっていた。
もっと古橋に触れたい、近づきたい。
古橋に対する欲望が名前を溶かし、内から名前を火照らせていった。

「名字」

「ん?」

古橋が名前の傍から離れないのでどうしたのかと見上げるが、いつもの無表情なので意図がわからない。

「おいで」

「!?いや、その大丈夫、」

さあ、と言って両手を広げ名前を見つめる古橋に、名前は慌てて断った。
古橋に近づきたいが、実際に近づくことなんて出来ない。
鼓動が早くなり、手足が震え、呼吸もままならない。
古橋に近づくなんて、自分のすべてが恥ずかしいと叫ぶ。

「遠慮しなくていい」

「だ、だめ」

名前がそう言うと古橋はゆるり首をかしげた。
会話をしているうちにも、古橋は名前にじりじりと近づいてくる。
それを遮るように名前は顔を真っ赤にしながら古橋から1歩2歩と離れようとする。

「なぜだ」

「…っ、恥ずかしくて絶対無理、」

「…こんなに冷たいのにか」

古橋は名前の手を取ると、大きな手で包み唇に近づけ息を吹きかける。
古橋の手が、息が熱い。

「っあ、」

名前は羞恥に耐え切れなくなり、後ろを振り返り全力疾走で逃げる。

「名字、」

古橋の手は宙に留まり、光のない瞳は呆然と小さくなる名前の背中を見ていた。
古橋はふと我に返ると名前を追いかけた。

「名字」

古橋は名前の小さな背中が愛おしく自然と足が速くなった。
あと、もう少し。
古橋は息をするのも忘れてしまう錯覚に陥った。
とにかく速く走り追いつきたかった。

走る名前の手首を掴むと古橋は自分の方に向かせた。
運動部の古橋に勝てるはずもなく、まもなく名前は古橋に捕まった。
古橋に対する鼓動の速さと緊張の中走ったことによる酸欠で名前の頭は真っ白だった。

「な、なんで…」

「キスをしても、いいか」

「えっ…?」

突然の質問に名前は古橋を見上げる。

あり得ない、古橋くんが私と。

名前は疑いの目で古橋を見つめると眉間にしわを寄せ悲しそうな顔の古橋と目が合った。

「名前とキスが、したい」

「な、な、」

「だめ、だろうか…」

そんな切ない古橋を、誰が見たことがあるのだろうか。
名前は古橋の美しさに遂に息を忘れた。

「その…せめて、ほっぺで…」

古橋は引き下がらないだろう。
そう今までのことで確信した名前はせめてとお願いをする。
しかし伏し目がちの名前が言い終わる前に、古橋は名前の唇にキスをした。
名前は驚いて目を見開き古橋の腕を押した。

「古橋くん、ほっぺ…」

「俺がここにしたかったんだ」

ここ、と名前の唇を触る古橋くんは普段感じられないような色気を纏っていた。
古橋は名前を抱きしめると深呼吸をする。
まるで安堵のような呼吸に、名前も息をした。

「名前」

「なに…?」

古橋がいつの間にか名前を名前で呼ぶ、それがとてつもなく嬉しかった。
名前が古橋の言葉を待つと古橋はゆっくりと答えた。

「もう逃げないでほしい」

「好きだ」

古橋がほろりと言葉をこぼすので名前は抱きしめる腕に力が入った。
この想いが伝わってほしい、と。

「古橋、くん…わ、私も…好き、です」

名前がそう言うと古橋は小さく息を吐き笑った。
古橋の優しさに触れられた気がした。

(150809)
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