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▼ 知らない

「ね、柳くん」

「ん?どうした?」

名前が柳を呼べば笑ってくれた。
だからどんなことがあっても大丈夫なのだと思っていた。
しかし現実なんて、自分の心なんて、どうなるかは不確実なものであり、相手がいるときであればなおさら不確実である。
そしてそれは相手も同じだ。

「柳くん、」

「忙しいから、後にしてくれないか」

「うん…」

もうずっとこんな調子である。
付き合う前から、柳は勉強に部活に生徒会にとさまざまな分野で名を馳せては努力を惜しまなかった。
そんな柳をとても尊敬していた、そして憧れた。
柳を支えたいと思った。

しかし忙しい柳に、彼女を想う時間はなかなか作れなかった。
テストが近くなると『わからないところはないか』とメールしてくれるが、それ以外構ってもらえない。
そのメールだって素っ気なくて、忙しそうで、頼ることが出来ないのだ。

「柳くん、一緒に帰ろう」

「部活が終わってからだと遅い、先に帰ってくれ」

「でも…一緒に帰りたいよ、」

「危険が増えるだけだぞ」

確かに夜遅くに帰るのは危険だ。
例え柳が守ってくれるとしても、部活終わりの疲れた体で名前を守りきることが出来るだろうか。
柳はそう考えているのか、はたまた名前と帰ることになにか不都合があるのか。
参謀こと柳の考えが名前には理解出来ず不安になるのだ。

放課後になると、柳が教室から出て行く。
一緒に帰りたい、もっと話したい、もっと触れたい。
そう思うと名前の足は自然と柳を追いかけた。

「柳くん」

名前が柳を見つけ話しかけると柳は名前を振り返る。
こうして面と向かって話したのも久しぶりかもしれない。
柳がこうするのはいつも幸村か真田、もしくは切原である。
自分以外の女性とこうして話すことはないとはいえ、嫉妬した。
テニスが羨ましい。
そんな風に毎日追いかけられて羨ましい。
幸村や真田、切原、誰でも良いから変わって欲しいと思った。
柳ともっと一緒にいたい。
恋人らしいことをしたい。
名前の願いはただ一つだったのだ。

「名前」

「あのね、一緒に、」

「一緒に帰りたい、とお前は言うが…危ないと前にも言っただろう?」

お見通しではないか。
そしてことごとく断られる。
名前の考えは柳に透けるように理解されているというのに、柳の考えは名前には理解し難い。
否、わかっているのに理解を拒む。
柳が名前を大切に思って断るのもわかっている。
わかっているのに、断られると悲しくて、もしかしたら一緒にいたくないのだろうかと思考が逃げるのだ。

「…だめ?」

「気持ちはありがたいがだめだ」

これだけ断られると、柳は自分ではなく、恋だの愛だのに興味がないのではないかと不思議と確信した。
脳は勝手に分析し、結論を出す。
そして名前はその勝手な結論を受け入れられなかった。

「…柳くんは部活の方が大事なんでしょ」

つい、ほんの一瞬だけ、そう思っただけなのだ。
言ってしまったと思った。
柳を視界には入れず吐き捨てるように言った直後、おぞましいほどの罪悪が名前を襲う。
こんなの自分勝手に怒っているだけだ。
柳に非はない。
ただ、名前が寂しく、逃げているだけなのだ。

「…女性は好きな男性の仕事や趣味に嫉妬するとはよく聞くが、名前もそうだったのか」

「…」

柳の言葉が胸に刺さった。
ふいと柳から顔を背けると名前は震えた。
柳が、怖い。

ごめんね、忙しいのはわかってる。
全国制覇だもん、休んでる暇があったら部活するよね。
ごめんね…でもね、だってね、柳くんが好きなんだもん。
もっと一緒にいたいんだもん。
柳くんを一人占めしたいの。

名前は心の中で謝ったがそんなことはまったく意味がない。
口で言わなければ伝わらない。
柳を困らせたい訳ではなく、好きだから求めてしまうのだ。

「名前」

柳が名前の名前を呼ぶと名前は肩を震わせた。
柳を困らせた。
柳を支えたいのに、どうしてこうなってしまうのか。
名前は目を強く閉じた。

「失望した」

「え…」

「部活だと言っただろう」

その言葉に心が凍てついた。
全身が熱いのに、なんだか寒い。
嫌な汗が止まらない。
汗とともに涙も溢れそうだ。

「だ、だって柳くんと一緒に…」

「お前のために言ったつもりなんだが」

「…それでも柳くんと一緒にいたいの」

「困ったやつだな」

はあ、と柳はため息を吐いた。
なぜこうなったのだろう。
何度も考えた。
そして何度も行き着くのは『自分が悪い』なのだ。

「名前」

柳が名前を呼ぶたびに心臓が悲痛な叫びをあげた。

「やな、ぎくん」

柳が名前の肩に手を置いた。
柳の熱い体温が伝わる。
せめて謝らなければと思った。
言ってしまったことはもうどうにもならない。
柳の負担になってしまっただろうか。
そう考えると心臓は一層叫んだ。

「ごめ、」

「もういい」

柳は名前の言葉を遮ると名前を抱きしめた。

「申し訳ない」

「なんで…」

それはこちらが言う言葉だというのに、柳は謝る。
熱い体温は名前を包みふつふつと沸騰させた。

「寂しい思いをさせていたのはわかっていた
だがそれを言わせてしまうほどだったとはな…自分に失望した」

「え?自分に失望…?」

「は?」気の抜けた声が口から漏れる。
名前は思わず柳の背中に手を回しひっついた。

「ああ、名前に失望すると思うか?名前はただ俺が好きなのだろう」

「え、そう、です…?」

「申し訳なかった」

そう言うと柳は名前の身体をぎゅ、と強く抱きしめる。
名前は恐る恐るそれに応えるように柳を抱きしめる腕に力を込めた。

「もう少し、俺に付き合ってくれないか」

今回のことを俺はデータとして取り入れ名前を幸せにしたい。

柳はそう呟き、名前は涙を流したのだった。

(150804)
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