▼ 神の子
注意*病み
「俺はね、お前がいないとだめなんだ」
と、眉を八の字にしてにこにこしながら言う。
幸村くんの口癖。
とても優しくしてくれて私を1番に考えてくれる。
少し嫉妬深いけれど、それにも愛を感じる。
私は人間離れした彼の魅力にいつも魅せられるのだ。
釣り合わないのはわかっている。
だけど、そんな幸村くんが私を頼ってくれる、とても嬉しくてなんでも応えてあげたい。
「いなくならないよ」
ふんわり笑って答えると、ほっとした顔で笑うのだ。
これも、いつもの幸村くん。
「柳くんてこの作家さんのファンなんだ!
知らなかった」
一緒だね、と柳を見上げて笑う。
「ああ、こんなにも近くに同じファンがいたとはな」
柳も名前を見て笑った。
放課後、廊下で柳と偶然会った。
図書館に本を返すようで、ちらりと柳の手元にある本の表紙を見ると、以前柳が借りていた作家と同じだった。
もしかしてこの作家がすきなのかと聞くと好きだと言う。
話が合う人が出来て嬉しい。
そう素直に思った。
その後も作家の描き方がどうだこうだと盛り上がる。
幸村は名前が廊下に出たのでなにか手伝うことはないかと考え自分も廊下に出たのだ。
もし先生に大量のプリントを渡されたら?回収が終わったクラス全員分のノートを1人で教室まで持ち帰ることになったら?
名前には重くて時間がかかるだろう。
そんなのかわいそうだ。
それなら俺がやろう。
そう考え名前に話しかけようとすると柳と話し始めた。
楽しそうに。
どうして?
どうして俺以外と笑ってるんだ?
どうして俺以外の男と話してるんだ?目を合わせてる?近づいてる?なんで?ねえ、どうして?
俺といてよ。俺の隣にいてよ。
幸村はその場で俯いて近くの壁をガンッと殴った。
その音に気づいた名前と柳が幸村の方を振り向く。
ようすがおかしい幸村を不審に思い声をかけずにはいられなかった。
「…精市?」
「幸村くん?」
おそるおそる2人が名前を呼ぶと幸村はわなわなと震えだした。
そして少し顔をあげ名前と柳を睨むように見る。
否、名前のことは睨んでいない。
視界に入っていないのだ。
幸村は柳を呪うような目で見つめていた。
「っ精市、」
「…はなれろ」
なんだ?と柳が眉をひそめる。
声が小さくて聞こえない。
「申し訳ない、なんだ、」
「はなれろっっ!!!!!!」
柳が言い終わる前に幸村が怒鳴った。
目を充血させ顔を真っ赤にして柳を睨みつける。
そんな幸村を見たことがない柳は幸村を恐れてか後ろにゆっくり1歩2歩と下がった。
「名前、気をつけろ」
柳が名前に去り際に小声で言うと幸村は目ざとくそれを見つける。
「柳…早くはなれろ」
「っ…」
柳が幸村とは反対の廊下へ歩く。
「ゆき、むらく…」
「名前…」
名前に視線を移すと幸村は笑った。
いつもと同じように優しく笑うのだ。
ゆっくり近づく幸村に体が震え目が離せない。
「ねえ、死にたくないよ」
「…え?」
どうしたらいいの?
そう言い幸村が目の前で立ち止まり名前の両二の腕を掴みすがりつく。
「ねえ…ねえ、」
「幸村くん、落ち着いてよっ」
すがりつく幸村の手から逃れようと、肩を押すがまったく離れてくれない。
それどころか、どんどん手に力が入る。
怖い。
「名前っ、俺はお前がいないと死んでしまうんだ」
「いなくならないよっ!言ったでしょ!?」
だから幸村くん、そこまでは言えたのだ。
その後の、離して、は言えなかった。
狂気に満ちた目。
瞳孔が開き名前を見つめるその目を名前は一度も見たことがなかった。
ただ怖くて、いつもの幸村とは違って、どうしたら、なんて言ったらいいのかわからない。
「幸村くん…」
「名前…」
好きだ、と幸村が名前を抱き寄せる。
何度も何度も。
好きでどうしようもないのだ、と。
自分が怖い。
どうにかなってしまいそうだ。
お前が、お前が俺のすべてなんだ。
幸村は名前の耳元で泣きながら囁く。
本当に泣いているのかはわからないが、苦しそうに言って名前の耳から声も幸村も離れない。
「幸村くん、落ち着いて…?」
悲しく苦しく囁く幸村を抱きしめ返すと、さらなる力が加わる。
まるで潰されてしまうのではないかという錯覚に陥った。
こうしたのは、こんな幸村くんにしたのは、誰なのだ。
子供のように怖い、死んでしまうよ、と言う幸村に名前は嫌な気持ちなど生まれなかった。
気持ち悪いだとか、バカだとか、そんなことはどうでもよかった。
幸村が名前を見ていることに、頼りにしていることに変わりはないのだ。
名前は本望だと思った。
こんな幸村を見ても、初めて見たから驚いただけで、かえって幸村を好きな気持ちが増した。
これこそが、自分の望んでいたものなのか。
名前は感心した。
名前がわからないものも幸村は間違えずに与えてくれる。
こんなにも思ってくれる、慈愛に満ちた、人間離れした人。
普通は女神と言うだろう。
だが幸村は男だ。
ああ、ここはそうか、あの呼び名か。
神の子か。
2人の間に妙な愛が芽生えた。
(150316)
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