小説 | ナノ

▼ 塩2

「あつ…」

「…そうだな」

暑い夏の中、2人はゆるりと手を繋ぎ、花宮が名前を導く。
暑かったが、暑さなんて気にしなかった。
こうして手を繋ぐことで、花宮の名前を想う気持ちが伝わるようだった。
名前のすべてを理解し、それを受け入れる花宮の気持ちだ。

花宮と名前は夏休みの真っ只中だった。
といっても部活や宿題に時間をとられ、ろくな休みを過ごせていない。
霧崎第一高校は進学校と謳うせいか、1年生の頃から大学を意識した宿題ばかりだ。
花宮はそれを朝早くに起床し部活前まで取り掛かることによりかなりのハイペースで終わらせていた。
名前も毎日コツコツと進め、もう少しで終わりそうだ。

夏休みに一度会わないか、そう夏休み前に言われたので、名前は規則正しい生活を続けていた。
朝起きられず花宮との約束を守れないことが怖かった。
花宮を想うのに、それが態度や言葉に表れてくれない。
あの日から日も経ち、少し成長している、そんな風に言えない自分に腹が立った。

「名前」

「なに?」

「なんか飲むか」

「真が飲みたければ飲めば」

またやってしまった。
「うん暑いから喉カラカラだよ〜喫茶店行こっ」なんて言えるはずもなく、名前はまたしても冷たい返事をしてしまう。
普通の女の子だったらもっと花宮は楽しかったのだろうか。
たくさん笑顔を見せてくれ、「お前といると楽しいな」なんて言うのだろうか。
反省をするのに次回に生かされない、自分の勇気のなさにため息を吐きそうになった。
考えれば考えるほど、名前は自分の意気地のなさに俯いた。

花宮の歩みが少しゆっくりになり、名前は恐る恐る花宮を見上げた。
やはり気に障ったのだろうか。
我慢強い花宮もとうとう耐えきれなくなったのだろうか。
花宮が嫌いな訳ではないのにこんな態度をとる自分に嫌気がさした。
名前の目に涙が溜まった。

「あっちに行きたい」

「好きに、しなよ」

「ああ」

繋いでいない手であっち、と指を差す花宮に思わず涙がこぼれそうになった。
名前のためにワザと「行きたい」と言う。
花宮に付き合わされている、と言い訳を作らせているのだ。
そうすれば名前に負担はかからないと踏んだのだろう。
花宮の優しさに名前は目を逸らした。

「名前」

「なに」

「ついてきてくれるか」

「…っ、わかっ、た」

花宮の優しさに名前はなんとも言えない気持ちになった。

花宮はというと、話を振っても冷たい返事しか返ってこないことが楽しかった。
他の女にはない態度が嬉しかった。
自分が優れていることを自負している花宮の思い通りにいかないことといえば名前くらいだった。
だから何度も話しかけ名前に触れようとする。
例え拒否をされようと、否、実際には拒否しかされないが、次の手を考える。
新しいゲームを見つけ、攻略を試みる子供のような気持ちを持つ自分に笑った。

俺が行きたい、やりたいって言えば断らないんだろ?

花宮はもうわかっていた。
名前がなんと言おうと花宮のやることなすことが嫌なわけではない。
それならば、優しいフリをして少し強引にやってしまえばいいのだ。

「名前」

「な、」

改めてこの場を説明するならば、ここは街中である。
学生は夏休みであろうが社会人はいつも通り働いている。
そして学生は羽を伸ばし遊んでいる。
つまりこの場はいつもより人が溢れ返っている。
そんな場でキスをすればどうなるだろうか?

花宮が突然立ち止まったと思うと名前の後頭部に手を添え深く口づけた。
「なに」、そう答える暇もない。
名前はただただ目を見開き頬を赤く染めることしか出来なかった。

ちゅ、と音を立て唇を離す花宮の胸元を名前は両手で押した。

「っな、なにして…」

「キスだけど?」

「それは知ってるってば」

名前は手で口元を隠した。
恥ずかしい。
この場で、この唇が花宮の唇と重なったことが、いろいろなことが混ざって名前の頭は混乱した。

「これで今まで恥ずかしがってたことが恥ずかしくねえだろ」

そう答えた花宮の顔も少し赤い。
名前のために体を張ったのだろうか。
名前はそんな花宮を見るとなにも言えなくなった。

「…」

無言の名前に花宮は内心焦った。
そんなに嫌だっただろうか。
少し強引にやった方が効果があると思ったが逆効果だったか、と花宮は考えを巡らせた。

「…おい、名前」

花宮は名前の肩に手を置く。
いつもなら振り払わずに「離せ」と言う。
これで振り払われたらどうしたらいいのだろう、花宮は名前の顔を覗き込んだ。

「…まこ、と」

名前は顔を真っ赤に染め花宮の目を真っ直ぐに見上げた。
一瞬目を泳がせ唇を噛んだが名前はゆっくりと口開いた。

「私のために、ありがとう」

「…っ」

ぎこちない笑顔、そろりと花宮の服を掴む震えた指。
花宮はなにがなんだか理解に困った。
こんなにも純粋な名前が、可愛くて仕方がない。
花宮は息を飲むと、なんの戸惑いも考えもなく、ただ純粋に純粋を返すように名前を抱きしめた。

「まこと、」

「…バアカ」

「…くるしい」

「バアカ、バアカ」

花宮は名前が押し潰されようと構わなかった。
名前で遊んでいたことを詫びるかのように、そしてこの純粋さを失わないように、花宮は名前を抱きしめたのだった。

(150728)
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