小説 | ナノ

▼ 月夜趣き

放課後もかなり過ぎた教室には、2つの影があった。
その影は電気も点けず暗い空を見つめている。
特になにかあるわけでもなく、影は隣同士で立つ。
お互いなにも言わない静かなこの空間が、どうにも形容し難いほどの心地良さだった。

影のうちの一つ、花宮は空の灯りを頼りにもう一つの影、名前の手を探し、見つけるとそっと手を繋ぐ。
暑くて時より涼しいこの季節に、花宮の熱を持つ手が名前を喜びの渦に陥れた。
涼しい顔をした花宮も、暑さからは免れることが出来ないのだと今更気づく。

名前が隣の花宮を盗み見る。
暗闇に溶け込む黒を持つくせに、肌は驚くほど白く、星々はその白をさらに美しく照らした。

「なに見てんだよ?」

「えっ…」

「気づいてないとでも思ったのか?」

そう、名前は気づいていないと思っていた。
ほんの少しだけ盗み見ただけなのだ。
それに花宮は空を見ていたではないか。
なぜ、気づく。

「なんで、」

「そんなに見られたら嫌でもわかる」

「そ、そんなことないよ」

「どうだか」

花宮には名前のことはお見通しのようだった。
それが嬉しいような、気恥ずかしいような不思議な気持ちになり名前は慌てて空を見上げる。

綺麗だ。
生憎、曇っていて月も星も見えないが、見えなくとも光は2人を照らしている。

「曇ってるのによく真っ暗になんねえな」

「?うん、そうだね」

繋いでいる手の力が少し強くなり、花宮は名前の腕を引く。
花宮は空いた手で名前の頬を包むと口づけた。
一瞬見せた切ない顔に名前は目を閉じることも息をすることも忘れた。
熱い。
花宮の両手は疎か、唇さえも熱い。
熱のこもる身体を名前で発散するかのように、花宮は唇を押しつける。

「…お前溶けそう」

「誰のせいで…」

「ふはっ、俺のせいだな」

花宮の素直な物言いに驚いて見つめていると、花宮はさらに名前の手を強く握り口づけた。
髪を梳くその手はまるで優しさなんて知らないように骨張っているというのに、繊細に名前の髪に触れる。
花宮はズルい。
名前を優しくも冷たくも扱い弄ぶ。
しかしそれが花宮だと言えばそうなのだと納得出来てしまう。
やはり花宮はズルいのだ。

「名前、」

「なに…」

「…なんでもねえよ」

花宮の歯切れの悪さに疑問を持った。
するとピカリと空が光りながら亀裂を作る。
その光は真っ暗な空も、教室も光に包んだ。
これは、もしや。
名前は口を開いた。

「かみな、うわっ!」

「…おい大丈夫か」

「えっと、うん大丈夫」

「…」

雷、そう言おうとすると同時に音が鳴る。
名前は身体をビクリと震わせ空を見上げた。

「びっくりした…」

名前がそう呟くと花宮は笑った。

「雷が嫌いなのか?」

「うーん…嫌いじゃないよ」

すると花宮は「へえ」と興味のなさそうな声を出し名前を抱きしめる。

「真?」

「なんだよ」

「…なんでもないや」

「はあ?」

呆れたようにため息を吐く花宮に名前は笑った。

ふと空を見上げると、雲が流れ月が顔を出していた。
先ほどまで吹いていなかった風が雲を流したのだ。
涼しい。
熱にうなされていた身体を風が撫でる。
決して満月とは言えない欠けた月は、悠然と2人を見つめていた。

「…月が綺麗だな」

「…う、ん…えっ?」

名前が聞き返すと花宮は目を泳がせ舌打ちをした。

「察し悪りいな」

花宮がそんなことをするはずがない。
文学の美をあの花宮がさらりと言ってしまうなんて、あり得ない。
名前は驚きで瞬きを忘れた。
花宮はいつも以上に不機嫌そうな顔でもう一度ため息を吐くと、名前の唇を奪う。

「好きだっつってんだ」

花宮もロマンチストなのだろうか。
名前は高鳴る鼓動を隠しもせずに月を見上げる花宮を見つめた。

(150727)
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