小説 | ナノ

▼ 健やかな熱情

注意*社会人ヒロイン

瀬戸は彼女の家で本を読んでいた。
冷たいフローリングに腰を下ろしベットに寄りかかる。
活字を追う目が疲れると体を捻り彼女のベットに顔をうずめる。
彼女はいつ帰ってくるだろうか。
瀬戸は彼女を待つこの時間が嫌いだった。
不安が募るのだ。

瀬戸は周りからなにかと大人のような扱いを受けてきた。
頭脳は年齢以上に明晰、背も高ければ余計なことは口にしない。
どちらかというと無口な性格でいたためか、あまり子供のようには見えなかったのだろう。
ミステリアスでどこか世間を一歩外から見ている彼だったが、寂しさやワガママな部分も当然あった。

歳上の女性と付き合っているのも、同年代が歳下に見えてしまうからだった。
「えーすごーい!」「マジー?」
そんな似たような言葉しか発することの出来ないクラスの女の子に興味など湧かなかった。
その点、彼女は聡明で、しかし努力を惜しまない。
瀬戸を歳下だと強く認識して歯止めをかけているのか、仕事の愚痴は一切言ってこなかった。
それが自分への優しさなのだろうとわかっていても、瀬戸はやはり愚痴も言って欲しかった。
名前のように、人間がそんなにきれいではないことを瀬戸は知っている。

「つっ…かれた…」

ガチャガチャと騒がしい音を立て玄関が開くと、ストッキングとフローリングの擦れる音が瀬戸の方へ近づいてきた。
足を引きずっている。
いつもそんな素振りは見せない。
にこにこ、否、にやにやしながら「けんたろ〜う」と言って抱きついてくる。

…なにかあったのかな。

瀬戸は本を読むふりをして名前の足音を聞いた。

リビングのドアが開いて名前が入って来た。
名前が先ほど呟いた通り疲れた顔をしている。

「おかえり」

どうしたの、という言葉はしまった。
まずは美味しい紅茶でも淹れてあげよう。
瀬戸は立ち上がり疲れでぼろぼろの名前の頭をぽんと撫でるとキッチンに向かった。

「はい」

「ありがとう…」

瀬戸は湯気が立ち上る白いティーカップを名前に渡した。
名前は少しだけ微笑んで受け取ると、ティーカップから伝わる熱を両手で感じていた。

「あったかい」

「ちょっとは落ち着いた?」

「うん、ありがとう」

名前は疲れた顔を無理矢理動かし笑った。
見ていて辛かった。
名前の苦しみを理解することも取り除いてやることも出来ない。
大人のように思われていても、愛する人になにもしてやれない。
結局、高校生なんて無力なのだ。
話を聞くことしか出来ない。
彼氏としてそんなことしか出来ない自分が嫌いだった。

瀬戸は紅茶を一口飲み目の前を見つめた。
なにも出来なくてもそばにいることだけは譲りたくなかった。

「…どうしたの?」

「疲れました」

ぽつりと答える名前がずいぶんちっぽけだった。
瀬戸が気づかれないように盗み見ると、名前は手の中の紅茶を見つめていた。

「うん」

「もう生きていたくないです」

「…うん」

なぜか敬語で愚痴を言う名前が自分より歳上に見えず、悪いと思いつつ可愛いと感じた。

「さよなら」

「…名前、俺を見て」

「…」

名前はむくりと不機嫌な顔を瀬戸に向けると、瀬戸は苦笑いして名前の髪を撫でた。

「俺の胸に手をあてて」

「…こう?」

「どうなってる?」

瀬戸が2人分のティーカップを近くのテーブルに置く。
言われた通り瀬戸の胸に手をあてるが首をかしげる名前に、瀬戸はにこりと微笑んだ。

「…どきどきしてるかな」

「どのくらい?」

「…すごくたくさん?」

瀬戸はくすくす笑ってあやすように聞いた。
そんな瀬戸に戸惑いつつも名前は素直に答える。
瀬戸は名前の頭に自分の頭をこつんとあて、胸の上に手を重ねる。
至近距離で名前が瀬戸を見上げると瀬戸はさらに笑った。

「一緒にいるだけでこんなにどきどきするんだ」

「…健太郎、」

名前が瀬戸の名前を呼ぶと唇が重なる。
瀬戸の温もりが唇からこぼれるようだ。

「もう少し待ってて」

「え…?」

名前が聞き返すと瀬戸は目を閉じ、言葉を続けた。

「俺のこと夫だって自慢出来るようになるまで」

「…っ、うん、」

瀬戸がゆっくり目を開くと名前は静かに涙をこぼしていた。
声を出さないように唇を噛みしめ、強く目を閉じている。
小さくて弱い名前を見ると瀬戸も泣きたくなった。
こんなにも我慢する名前を尊敬した。
愛おしくて心臓がジクジクと痛んだ。
瀬戸は痛々しい唇にそっと口づけた。

「なにも出来ないけどさ」

「っう、ん」

「そばにいるから」

瀬戸はそう言うと再び名前を優しく撫でる。

「…うん、」

名前は少し笑って返した。

「おいで」

「けんたろ、う」

名前は手を広げる瀬戸の胸に飛び込んだ。
瀬戸は名前を離さない。
苦しみ傷ついた名前の心臓を体ごと癒すようだった。
名前が疲れてそのまま寝てしまっても、瀬戸は名前から離れず2人はいつまでも抱きしめ合っていた。

(150722)
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